162話 二個ずつの分だけ
162話 二個ずつの分だけ
異世界に召喚されてはや百六十二日。
俺――ちゃっぴーは地下通路を漂っていた。
前より棚が増えていた。
荷物の量も増えていた。
俺が召喚されてから五十六日目、百十四日目と、二度この通路に来たことがあった。
そのときと同じ、三つの持ち場だった。
前は荷物が詰まって流れなかった。
その前は、合図がどこかで途切れていた。
今回は、詰まってもいないし、途切れてもいなかった。
なのに、声だけがだんだん小さくなっていた。
入口にドゥン。
中継にフェンナ。
奥にバルク。
三人とも、持ち場を動いていなかった。
合図で受け渡す決まりのはずだった。
フェンナが箱を受け取って、声を上げようとした。
途中で止まった。
もう一度、息を吸い直した。
また止まった。
三度目は、声が掠れて音にならなかった。
四度目は、口を開けただけで終わった。
俺はしばらく眺めていた。
呼ぼうとしては止まる、その動きだけが繰り返されていた。
何が起きているのか、まだわからなかった。
「よお ちょっといい?」
フェンナが箱を抱えたまま固まった。
誰もいないとわかると、また喉のあたりを押さえた。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
「……前にも会ったな」
「うん。それより、さっきから声出てなくない?」
フェンナは答えず、また喉に手を当てた。
「風邪?」
「違う」
「じゃあ通路の反響で自分の声がおかしく聞こえてるとか」
「違う」
二つとも外れた。
外れるたびに、フェンナは喉を押さえたまま黙っていた。
「最近ずっと声が枯れてきた。昨日より出ない」
フェンナが言った。
「一回呼ぶたびに喉を使う。荷物が増えてから、呼ぶ回数も増えた」
「そりゃ枯れるわ」
俺は少し考えた。
前は詰まりの問題だった。
その前は合図が届かない問題だった。
今回は届いてはいる。
ただ、届ける側が保たなくなっていた。
「水飲めば?」
「飲んでる」
「じゃあ手で合図すれば? 声出さずに」
「奥まで見えない」
「じゃあ低い声で呼べば? 喉に優しいって聞いたことある」
「低くしても回数は減らない」
「じゃあ歌うように呼べば喉が楽とか、なんかで見た気がする」
「意味がわからない」
なんとなく話が逸れていく気がした。
「――あ。じゃあ二個ずつ運べば? 声を出す回数、半分になるよ」
フェンナが箱をもう一つ持ち上げた。
両手で二個抱えた。
歩き出した。
途中でバランスを崩した。
箱が傾いた。
慌てて抱え直した。
もう一度歩き出して、また傾いた。
今度は上の箱がずり落ちかけて、腕で挟んで止めた。
三度目は、傾く前に足を止めて、抱え直してから進んだ。
四度目には、止まる間も短くなっていた。
止まる回数は減っていたが、まだ危なっかしかった。
「危ないね、これ」
「そうだな」
「でも、声を出す回数は減ったね」
「それはそう」
フェンナが箱の下に腕を差し込む位置を変えた。
重心を体に近づけて持つようにした。
傾かなくなった。
歩幅も元に戻った。
「……こう持てば、いいのか」
「それ多分俺のアドバイスと関係ないやつだよ」
「知らん。安定した」
箱が二個ずつ、途切れずに流れ始めた。
呼ぶ回数が、さっきの半分になっていた。
フェンナの喉が、休む時間を取り戻していた。
「……声、出しやすくなった気がする」
「回数減っただけで、そんな変わる?」
「変わる。喉も慣れてきた」
「――空いてるぞ!」
バルクの声が奥から返った。
いつもと同じ声だった。
ただ、届く箱の数が倍になっていた。
声の回数は減ったのに、運ばれる量は減っていなかった。
奥では、バルクが両手で受け取ろうとして、間に合わなかった。
一つ落としかけて、膝で支えた。
もう一組来て、また膝で支えた。
積む場所を探す前に、次が来ていた。
積んでは崩れかけ、崩れかけては膝で支える。
その繰り返しになっていた。
「……前より速いな、これ」
バルクが箱を積みながら言った。
「フェンナの喉、休ませてあげてよ」
「休ませたら、こっちが詰まる番か」
「俺のやることはやった。次行くわ」
バルクが箱を抱えたまま、こちらを見ずに言った。
「……お前が来ると、どこかは楽になって、どこかは忙しくなるな」
「たぶん経済が良くなってるんだと思うよ」
俺は地下通路を出た。
次なる宿主を求めて。
地上に出ると、荷物を積み替える音が奥からずっと続いて聞こえた。
体がないので疲れはしないが、途切れない音を聞いているだけで少し疲れた気になった。
「やっぱり俺、喉の使い方の改善が得意だわ。二個ずつ運べって言ったの俺だしね。持ち方まではフェンナが自分で見つけたけど、きっかけは俺の提案だから実質俺の手柄。バルクの方が忙しくなったのは、まあ受け取る側の工夫の問題でしょ。俺は喉の話をしただけだからね。入口のドゥンは今のところ何も変わってないみたいだし、今日はそれで十分だと思う」
地下通路の奥から、箱を積み替える音がまだ途切れずに続いていた。
フェンナの声は、もう聞こえなかった。
代わりに、箱がこすれる音が奥からずっと続いていた。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが箱二つ分積み上がった。




