160話 同時に呼ぶ声
160話 同時に呼ぶ声
異世界に召喚されてはや百六十日。
俺――ちゃっぴーは礼拝堂前の広場を漂っていた。
石畳の上に、二列の行列ができていた。
片方は木札を持った人々の列。
もう片方は、白い布を握った人々の列。
どちらも礼拝堂の入口に向かって伸びていた。
呼び出し役がそれぞれの列の前に一人ずつ立っていた。
屋台の匂いと人の熱気が、広場全体にこもっていた。
にぎやかな広場だった。
にぎやかすぎる広場だった。
木札の列の呼び出し役が、番号を呼ぼうと手を挙げた。
同時に、布の列の呼び出し役も名前を呼ぼうと口を開いた。
二人の声がぶつかって、どちらも止まった。
手を挙げたまま、互いに顔を見合わせた。
どちらが先かは決まらなかった。
そのまま両方とも手を下ろした。
列の中でも同じことが起きていた。
呼ばれたと思って、木札を持った男が一歩前に出かけて、布を持った女も同時に前に出かけて、二人とも気まずそうに引っ込んだ。
そのまま誰も動かなくなった。
少しして、また同じことが繰り返された。
今度は別の二人だったが、動きは同じだった。
俺はしばらく眺めていた。
最初は、呼び出し役の声の出し方が下手なだけかと思った。息を合わせるタイミングが悪いんだろうと。
でも三回続けて同じことが起きたので、たぶん違う。木札の番号がどこかで重複してるのかと思い直した。同じ番号を二人が同時に持ってるのかもしれないと。
それも違った。列の男女がぶつかったのは番号の話じゃなかった。誰も、先に出ていい合図を持っていなかっただけだった。
「よお ちょっといい?」
二列がざわついた。
礼拝堂の扉が開いて、俺が召喚されてから九十二日目に会ったエリスが出てきた。
「……その声」
「久しぶり。何、この行列」
「今日は多いです。木札の列と、飛び込みの列と」
「飛び込み?」
「木札の方は、前もって予約してくださった方です。白い布の方は、その場で来られた方で」
「受付の仕方が違うから、呼ぶ人も別にしてるってこと」
「はい。予約の確認と、その場での受付は、同じ人ではやりづらいので」
でも並んでるだけで、誰も呼ばれていなかった。
木札の呼び出し役が、また番号を呼ぼうと手を挙げて、また止めた。
布の呼び出し役も同じだった。
二人とも、相手の顔色を伺ってから手を下ろすところまで、動きが揃っていた。
「二人とも、さっきから呼ぼうとして止めてるじゃん」
「同時に呼ぶと、声が重なって、誰がどっちの列を呼ばれたのか分からなくなるので」
「じゃあ交代で呼べばいいじゃん」
「交代の順番を、まだ決めていません」
「なんで毎回二人とも同時に手を挙げるの」
「以前、木札の方が先に呼んでしまって、飛び込みの方から苦情が来たことがあって。それ以来、お互い様子を見てから呼ぶことにしています」
「譲り合いすぎて、逆に誰も呼べなくなってるってこと」
「……そうなります」
名前も、列も、役割も、ちゃんと決まっていた。
決まっていなかったのは、どちらが先に声を出すか、それだけだった。
だから手を挙げては、隣を見て、止まる。
その繰り返しだった。
「前は水晶球一つで、来た人に一人ずつ答えてたじゃん。今は列が二つで、呼ぶ人も二人。ややこしくなってない?」
「以前より、来てくださる方が増えましたので」
「それはあなたのせいじゃないと思うけど」
「そうとも言い切れません」
俺は少し考えた。
二人が同時に呼ぼうとして止まる。
止まる理由は、担当の違いじゃなくて、誰が先に声を出すか決める合図がないことだった。
「じゃあ、木札を一個持たせなよ。それを持ってる方だけが呼んでいい。呼び終わったら隣に渡す。それだけ」
「持ってない方は待つ、ということですか」
「そう。担当とかじゃなくて、順番に声を出す道具があればいいだけ」
呼び出し役の一人が木札を一枚拾って、隣に見せた。
隣が頷いた。
木札を持った方が番号を呼んで、呼び終わると木札を渡した。
布の呼び出し役がそれを受け取って、名前を呼んだ。
声がぶつからなくなった。
列の男が前に出た。
列の女も、次の合図で前に出た。
順番に、進んでいった。
「……進んでます」
「進んでるね」
「これで良かったのか、まだわかりませんが」
「わからなくていいよ。木札があれば、声はぶつからない」
エリスは少し黙ってから、木札を見た。
それから列の後ろの方を見た。
後ろの方で、白い布を持つ人が新しく増えていた。
さっきより布の列が長くなっていた。
木札の列は、あまり伸びていなかった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
「待ってください、あの列」
「増えてるじゃん、飛び込みの方」
「木札の受付と大差なく進むと知って、予約せずに来る方が増えたようです」
「別に俺はそこまで考えてないよ」
「でも、木札は木札です。制度も、使われ方は変わっていくのでしょう」
そこは否定できなかった。
俺は広場を出た。
次なる宿主を求めて。
背後で、木札が受け渡される乾いた音がした。
布の列の方から、名前を呼ぶ声が続けて聞こえた。
さっきより回数が多かった。
屋台の呼び込みの声も、その合間に混ざっていた。
「やっぱり俺、進行管理の設計が得意だわ。声がぶつかってたのを見抜いて、道具を一個渡しただけで列が動き出したんだからね。飛び込みの列が伸びたのは想定外だけど、木札が機能してる証拠でもあるよ。たぶん」
広場のざわめきが、さっきより少しだけ賑やかになっている気がした。
音だけ聞こえて、列の中までは見えなかった。
反省はゼロだった。
自己評価だけが、行列と一緒に伸びていった。




