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155話 二匹で同じ的を殴るな

155話 二匹で同じ的を殴るな

 

 

 

異世界に召喚されてはや百五十五日。

 

俺――ちゃっぴーは谷間の隘路を漂っていた。

 

 

 

両側が切り立った岩壁で、道は狭かった。

 

土埃と獣くさい臭いが充満していた。

 

体がないので臭いを感じるかどうかは毎回よくわからないんだが、なんとなくそういう場所だと認識していた。

 

前方から低い唸り声が響いてきて、影が複数、こちらに向かって動いていた。

 

魔獣の群れだとわかった。

 

隘路の入口には、緑色の小柄な影が並んでいた。

 

ゴブリンだった。

 

 

 

にぎやかな戦場だった。

 

 

 

「来るぞ!」

 

「構えろ!」

 

「あれ狙え!」

 

先頭の一匹の魔獣が突っ込んできた。

 

三匹のゴブリンが同時に槍を突き出した。

 

穂先が三本、同じ場所でぶつかり合った。

 

魔獣には一本も届かなかった。

 

魔獣は隙間をすり抜けて、奥へ走っていった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

槍の勢いは悪くなかった。

 

動きも速かった。

 

なのに、当たっていなかった。

 

三本が同じ的に集まって、そのぶん他が素通りしていた。

 

隘路の幅は広かった。

 

なのに三匹は毎回、同じ一点に寄っていた。

 

広い道を、わざわざ狭くして戦っているみたいだった。

 

 

 

「よお。ちょっといい?」

 

三匹が一瞬だけこちらを見た。

 

すぐ前に向き直った。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」

 

「知ってる」

 

低い声が返ってきた。

 

俺が召喚されてから七十三日目に会ったガブだった。

 

「久しぶりじゃん。罠地帯以来?」

 

「戦ってる」

 

「うん、見てる。今の、三本とも同じやつ狙ってたよね」

 

「狙った」

 

「その間、後ろのやつ素通りしてたじゃん」

 

ガブは答えず、次の魔獣に向かって槍を構えた。

 

 

 

俺は少し考えた。

 

三匹の動きが速いなら、狙いを散らせば当たるはずだった。

 

「もしかして、力が足りてない? もっと踏み込みを深くすれば――」

 

言い終わる前に、また三本の穂先が同じ魔獣に集中した。

 

力の問題ではなかった。

 

別の魔獣が横を抜けていった。

 

 

 

「じゃあ武器の相性かな。槍より斧の方が――」

 

三匹の視線が、また同じ方向へ吸い寄せられた。

 

穂先が後からついていって、一本だけ浅く当たったが、致命傷にはならなかった。

 

武器の問題でもなかった。

 

 

 

何度も同じことが起きていた。

 

一匹が声を上げると、残り二匹が同じ方向を見た。

 

同じ方向を見ると、同じ的に体が向いた。

 

体が向くと、槍も同じ的に飛んだ。

 

見て、向いて、突く。

 

それだけが繰り返されていた。

 

 

 

「……あのさ、みんな同じの狙ってるじゃん。誰が何を狙うか、決めてないの?」

 

「決めてない」

 

ガブが短く答えた。

 

「じゃあ声出た方に全員向くの?」

 

「向く」

 

「決めれば散らせるんじゃない?」

 

「決める時間ない」

 

「事前に決めとけばいいじゃん」

 

「毎回、数が違う」

 

ガブが吐き捨てた。

 

「二匹の時もある。五匹の時もある。先に割り振っても、数が合わない」

 

 

 

そう言っている間にも、また唸り声が近づいてきた。

 

新しい魔獣が二匹、隘路の奥から現れた。

 

三匹のゴブリンがまた同じ方に槍を向けた。

 

一匹が体当たりされて弾き飛ばされた。

 

 

 

弾き飛ばされたのは、一番小柄なゴブリンだった。

 

七日目の洞窟にいた、あの声の小さい一匹だとわかった。

 

倒れたまま、目の前に別の魔獣が迫っていた。

 

 

 

ガブともう一匹が、反射的にそちらへ駆け寄った。

 

さっきまでの標的から手を離した。

 

結果として、残っていた魔獣は二方向に分かれていた。

 

小柄な一匹を守る二匹と、元の標的を追う流れが、勝手に分裂していた。

 

誰も決めていなかった。

 

倒れたことが、決めさせていた。

 

 

 

小柄な一匹が槍を杖にして立ち上がった。

 

肩で息をしていた。

 

その位置取りのまま、次の魔獣が来た方向に槍を向けた。

 

さっきとは違う的だった。

 

立ち上がった場所から動かなかった。

 

 

 

次の魔獣が突っ込んできた。

 

誰かが声を上げた。

 

いつもならそこで三本とも同じ方向を向くはずだった。

 

でも小柄な一匹だけ、声の方を見なかった。

 

自分の正面に来た魔獣だけを見ていた。

 

ガブの視線が、その分だけ止まった。

 

同じ方を向きかけて、途中で槍先をずらした。

 

もう一匹も、二人の間に空いた場所へ入った。

 

槍が三方向に分かれて突き出された。

 

三本とも、別々の的に刺さった。

 

 

 

「……あれ、なんか散らばってない?」

 

俺はそう呟いた。

 

三匹の位置が、いつのまにか隘路の幅いっぱいに広がっていた。

 

同じ的に集まる声が、さっきより減っていた。

 

 

 

魔獣の唸り声が、少しずつ遠ざかっていった。

 

隘路の奥へ引いていく足音だった。

 

三匹の肩が上下していた。

 

誰も倒れていなかった。

 

 

 

「……終わったか」

 

ガブが槍を下ろした。

 

「終わったっぽいね」

 

「散らばったから、当たった」

 

「そうだね」

 

「なんでかは、わからん」

 

俺は小柄なゴブリンの方を見た。

 

小柄な一匹は何も言わず、槍を杖にしたまま立っていた。

 

「たぶん、あいつが弾かれてから、あそこを動かなかったからじゃない?」

 

ガブは振り返らなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「もう行くのか」

 

「うん。あとは休めばいいでしょ」

 

「……まあ」

 

短い返事だった。

 

洞窟のときと、罠地帯のときと、同じ温度だった。

 

 

 

俺は隘路を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

岩壁の間を風が抜けていって、土埃が薄く舞っていた。

 

体がないので風は感じないが、埃の動きでそれとわかった。

 

「やっぱり俺、戦術面でも仕事してるわ。同じ的に集まるのが問題だって見抜いたの俺だしね。散らばれって言ったのも俺だよ。いや正確には誰かが弾かれて偶然そうなったんだけど、原因を指摘したのは俺だから、実質俺が引き起こしたようなもんだよ。あの小柄なやつが前に出るようになったのも、俺が声をかけてから流れが変わった気がする。七日目からの積み重ねが今日ようやく実を結んだ感じがする。たぶん」

 

 

 

隘路の奥で、三匹が並んで座り込んでいた。

 

小柄な一匹だけ、まだ立ったままだった。

 

槍を杖にして、次が来る方向を見ていた。

 

座った二匹より、少しだけ前に出ていた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、埃と一緒に薄く積もっていった。

 

 

 

 

 

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