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151話 前に出すぎる男

151話 前に出すぎる男

 

 

 

異世界に召喚されてはや百五十一日。

 

俺――ちゃっぴーは城壁の上を漂っていた。

 

 

 

石造りの壁が長く伸びていた。

 

等間隔に兵士が立っていて、槍や弓を構えていた。

 

空はまだ明るかったが、あちこちで小さな衝突が起きていた。

 

敵の小部隊が壁際まで近づいては引く。

 

それを何カ所かで同時にやっていた。

 

大きな戦にはなっていない。

 

ただ、綻びだけがあちこちに生まれていた。

 

 

 

見覚えのある背中があった。

 

全身を金属板で包んだ男だった。

 

グラドだった。

 

俺が召喚されてから四十二日目に会って、百四日目にも会った。

 

三度目だった。

 

 

 

静かな城壁の上じゃなかった。

 

 

 

右手の壁際で、兵士の一人が体勢を崩した。

 

敵の一人が縄梯子で登りかけていた。

 

グラドが動いた。

 

盾を構えたまま駆けて、縄梯子ごと敵を弾き落とした。

 

兵士に短く何か言って、すぐに引き返した。

 

戻ってきた場所は、壁の中央だった。

 

グラドの定位置だった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

「今の動き速いね。二十年やってるとやっぱり違うか」

 

そう思っていたら、また左手で声が上がった。

 

今度は矢が集中して兵士が伏せていた。

 

グラドがまた駆けた。

 

盾を頭上に構えて矢を防ぎながら、兵士の位置まで割り込んだ。

 

矢が止んだ。

 

グラドがまた中央へ戻った。

 

戻る足が、さっきより少し重かった。

 

 

 

「体力配分の問題じゃない? 毎回全力で走ってるから後半きつくなるやつ」

 

根拠のない仮説だった。

 

グラドは何も答えなかった。

 

 

 

三度目が来た。

 

今度は右手、さっきとは別の場所だった。

 

小さな綻びが壁の継ぎ目にできていた。

 

グラドが駆けた。

 

弾いた。

 

戻った。

 

戻り方が、さっきよりさらに短かった。

 

完全に中央には戻らず、右寄りの位置で止まった。

 

 

 

「あ、待って、それ戻り方おかしくない? 定位置からズレてるよ」

 

グラドは答えず、正面を見ていた。

 

正面は、今のところ静かだった。

 

 

 

四度目、左でまた綻びが出た。

 

グラドが駆けた。

 

戻らなかった。

 

左寄りの位置に留まったまま、次の綻びを待つ姿勢になっていた。

 

中央が、空いていた。

 

 

 

俺はそこでやっと引っかかりに気づいた。

 

「反応の速さの問題だと思ってたけど、違うくない? グラド、毎回別の場所に出てるだけで、中央に戻る理由がなくなってるじゃん」

 

グラドが初めて振り返った。

 

「戻る必要があるか」

 

「あるでしょ。あそこがグラドの持ち場だったじゃん」

 

「持ち場より、今綻びている場所の方が優先度が高い」

 

「今はね。でも次がどこかわからないなら、戻っておいた方がよくない?」

 

グラドが黙った。

 

処理をしている黙り方だった。

 

 

 

「前は出ないことが問題だったから、出るようにしたじゃん。今度は出すぎて、戻らないのが問題になってる」

 

「出ることは正しい」

 

「出ることは正しいよ。でも出た後どうするかは別の話でしょ」

 

グラドが中央を見た。

 

誰もいなかった。

 

その間にも、右でまた小さな声が上がっていた。

 

 

 

「一個だけ聞くけど、中央が空いてる間に、そこを突かれたことある?」

 

「……今のところない」

 

「今のところ、だよね」

 

グラドが盾を持ち直した。

 

きしむ音がした。

 

ゆっくりと、中央へ歩き出した。

 

途中で右の綻びが見えたが、今度は駆けなかった。

 

歩いたまま、中央に着いてから初めて構え直した。

 

 

 

右の兵士たちが自分たちで綻びを塞いだ。

 

小さな衝突だったので、それで足りた。

 

グラドが中央に立ったまま、両側を見比べていた。

 

 

 

「……両方見える」

 

「見えるでしょ。真ん中にいれば」

 

「今までは、見てから走っていた」

 

「見てから判断できるなら、走らなくていい場所もあったってことだよね」

 

グラドは答えなかった。

 

ただ盾を構え直して、そこに立っていた。

 

 

 

左右の兵士たちの動きが、少し変わった。

 

さっきまでは綻びが出るたびに慌てて叫んでいたのが、今は先に自分たちで一手動いてから、それでも足りなければ声を上げるようになっていた。

 

グラドが常に中央にいるとわかっているからか、あるいは違う理由か、俺にはそこまではわからなかった。

 

ただ、壁全体の動きが、さっきより落ち着いていた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

グラドが中央から動かずに言った。

 

「もう行くのか」

 

「うん。あとは持ち場で見てるだけでしょ」

 

「……そうだな」

 

短い返事だった。

 

でも、視線はもう両側に配られていた。

 

 

 

俺は城壁を離れた。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

体がないので風は感じなかったが、壁の上を渡る音だけが遠く長く尾を引いていた。

 

矢の音が、さっきより間隔をあけて聞こえていた。

 

「やっぱり俺、出すぎてる人間を戻すのも得意だわ。出ないのを直したのも俺、出すぎるのを直したのも俺、これもう俺専属の重騎士じゃん。中央に戻れって言ったのも俺だしね。壁の動き全体が落ち着いたのも、たぶん俺の影響だと思う」

 

 

 

壁の向こうで、右の兵士たちがまだ何か話し合っていた。

 

声の内容までは届かなかった。

 

ただ、さっきより長く立ち話をしていた。

 

グラドが動かなくなった分、兵士たちの動きが少しずつ変わり始めているようだった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、中央に居座ったまま静かに積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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