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147話 沖で止まらない網

147話 沖で止まらない網

 

 

 

異世界に召喚されてはや百四十七日。

 

俺――ちゃっぴーは漁船の上を漂っていた。

 

 

 

朝だった。

 

霧は出ていなかった。

 

海は穏やかだった。

 

船団は北の瀬に散って、それぞれ網を引いていた。

 

どの船も、引いて、上げて、積んで、戻る支度をしていた。

 

一隻だけ違った。

 

 

 

俺が召喚されてから六十四日目に会ったロッツの船だった。

 

甲板に魚が積まれていた。

 

もう十分に積まれていた。

 

なのに、また網を投げていた。

 

 

 

「よお 久しぶり」

 

「……お前か」

 

「もう船いっぱいじゃん。何してんの」

 

「もう一回引く」

 

「入らないでしょ」

 

「入る場所を作る」

 

 

 

ロッツが自分で網を担いだ。

 

若い漁師が止めようとした。

 

「船長、もう戻る時間です」

 

「まだ引ける」

 

「積む場所が」

 

「甲板に広げればいい」

 

 

 

若い漁師が黙った。

 

他の船を見た。

 

みんな戻り支度をしていた。

 

この船だけが、まだ沖にいた。

 

 

 

俺は少し眺めた。

 

魚は腐らないうちに港に着かないと意味がない。

 

体がないので匂いはわからないが、そういう性質のものだと知っていた。

 

 

 

「前回のあれ、まだ気にしてる?」

 

「……なんの話だ」

 

「魚があふれて、買い手も荷車も足りなかったやつ」

 

「気にしていない」

 

「気にしてるじゃん。だから今日は多く獲れば取り戻せると思ってる」

 

ロッツが手を止めた。

 

網を持ったまま止まった。

 

 

 

「……あの時、獲れすぎて損が出た。仲買人にも迷惑をかけた。今度は同じ量じゃ足りないはずだ」

 

「同じ量で足りなかったのは、獲れすぎたからじゃなくて、買い手が足りなかったからでしょ」

 

「……」

 

「もっと獲ったら、もっと足りなくなるだけじゃん」

 

ロッツが甲板の魚を見た。

 

もう十分すぎるほど積まれていた。

 

それでも網を降ろす手を止めなかった。

 

 

 

「船長、他の船は戻ってます」

 

「あと一回だ」

 

「船長」

 

「あと一回」

 

若い漁師が俺の方を見た。

 

見えないのに、そこに何かがいるように見た。

 

 

 

「……なんか、船長最近ずっとこうです。獲れてても、あと一回って言って」

 

「他の船は?」

 

「普通です。今日の分を獲って、普通に戻ってます」

 

「この船だけ?」

 

「この船だけです」

 

俺はロッツを見た。

 

見えないが、見た。

 

 

 

「前は三回外れて全員が止まった。今度はロッツ一人だけが止まらない。港全体は普通に動いてるのに、この船だけ動きすぎてる」

 

「……」

 

「止まるのも動きすぎるのも、同じところから来てるんじゃない? 確定がないと動けなかったのと、一回の失敗を埋めるまで止まれないの、根っこは似てるよ」

 

ロッツが網を降ろした。

 

そのまま、しばらく持っていた。

 

 

 

「……このまま獲り続けたら、どうなる」

 

「魚は傷む。船は重くなる。戻りが遅れる。多分また、狙ってた買い手のタイミングを外す」

 

「損を取り返すつもりで、また損をする」

 

「うん。今のままだと、それ」

 

ロッツが網を甲板に置いた。

 

若い漁師が急いで舵に向かった。

 

 

 

「……戻るぞ」

 

「今日の分で?」

 

「今日の分で十分だ」

 

 

 

船が向きを変えた。

 

他の船と同じ方向を向いた。

 

港に戻る船団の中に、ようやく一隻増えた。

 

 

 

夕方、港に着いた。

 

魚は無事だった。

 

買い手も荷車も、今日の量にはちょうど足りていた。

 

オックが確認して、ロッツに小さくうなずいた。

 

 

 

ロッツが甲板で息を吐いた。

 

「……やめどきがわからなかった」

 

「十分獲れてても、やめる理由が自分の中にないと、あと一回が続くからね。今日は俺が声かけたからやめられたけど、次は自分で気づいてね」

 

「次があるのか」

 

「たぶんね」

 

 

 

俺は船を後にした。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

夕焼けが港を照らしていた。

 

体がないので温かさはわからないが、そういう光の色だった。

 

「やっぱり俺、やめどきを見つけるの得意だわ。ロッツ、十分獲れてるのにあと一回あと一回で全然やめられなかったし。前の失敗を取り返そうとして、あと一回が止まらなくなってたんだよね。そこに気づいたの俺だし。今日ロッツの船がちゃんと戻れたのは俺のおかげだよ。やめる理由って意外と見えにくいんだよな。たぶん」

 

 

 

港が静かに夜を迎える気配がした。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価が一隻ぶん上がった。

 

 

 

 

 


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