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144話 目印のない場所

144話 目印のない場所

 

 

 

異世界に召喚されてはや百四十四日。

 

俺――ちゃっぴーは知らない場所を漂っていた。

 

 

 

昨日までの神殿よりさらに奥だった。

 

蔦に覆われた石の門があった。

 

くぐった先の空気が変わった。

 

神殿とは違う、張り詰めた静けさだった。

 

通用口の左右に台がそれぞれ置かれていた。

その左右の台の間に、苔むした地面がこんもりと盛り上がっていた。

 

何かを押し上げているように見えた。

 

世界樹の根が地面ごと持ち上げていて、盛り上がりの形がいびつに歪んでいた。

 

 

 

《……ない》

 

精霊王の気配が盛り上がりの上で止まっていた。

 

四日連続で聞く声だった。

 

「よ、また会ったね」

 

《声の者か。……困っている》

 

「何が」

 

《目印の石だ。あの盛り上がりの中心に埋まっている。あれが見えねば、精霊たちは供物を置く場所が分からぬ。この神域の入口に据えてあったはずが、根に押されて埋もれた》

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

精霊王の気配は盛り上がりの上をゆっくりとなぞった。

 

なぞって、止まった。

 

もう一度、少し場所をずらしてなぞった。

 

やっぱり止まった。

 

三度目、盛り上がりから少し離れた場所まで気配が伸びて、そこでも止まった。

 

どこにも定まらなかった。

 

 

 

土の精霊が小さな石を拾ってきて、盛り上がりの端に置いた。

 

置いて、じっと見つめた。

 

不安げだった。

 

木の精霊が花を一輪、別の場所に置いた。

 

これも、置いて見つめるだけだった。

 

もう一人の土の精霊が、また別の石を少し離れた場所に置いた。

 

三つとも、少しずつ違う場所に置かれていた。

 

精霊王の気配は盛り上がりの周囲を何度も巡っていた。

 

精霊たちが置いた石や花にも触れては離れ、また盛り上がりへ戻った。

 

 

 

俺は早速仮説を立てた。

 

「あ、わかった。精霊たちの配置が悪いんじゃない? 石も花も適当に置いてるっぽいし、配置図を作ってから――」

 

《配置図など、今すぐには作れぬ》

 

「じゃあこれだ。盛り上がりの形が歪んでるから測りにくいんでしょ。土を掘り直して形を整えれば――」

 

《掘れば根をさらに傷める》

 

的外れが続いた。

 

「あと台の位置もおかしくない? 左右対称になってないっぽいし、どっちかに寄せた方が――」

 

《台の位置は昔からこの通りだ》

 

「じゃあ供物の順番を変えよう。先に軽いものから置いて、様子を見ながら――」

 

《供物の順番も、決まっている》

 

「じゃあいっそ、精霊たちに投票させたら? みんなで一番それっぽい場所に手を挙げてもらって、多数決で決めるとか」

 

《投票をしている暇はない》

 

「うーん、あと盛り上がりの高さも測った方がいいんじゃない? 高さが均等じゃないと中心の位置がずれるっていうか――」

 

《高さの話は今していない》

 

何を言っても、精霊王は動かなかった。

 

盛り上がりの上を気配がまた行き来した。

 

さっきより短く、あちこちに触れては離れていった。

 

さらに短くなって、それでもまだ止まらなかった。

 

 

 

「てかさ」

 

半分喋り疲れたところで、ふと出た。

 

「目印がなくて困ってるなら、新しく置けばよくない?」

 

軽い一言だった。

 

特に確信はなかった。

 

台の話のついでに出た、ただの思いつきだった。

 

精霊王の気配が止まった。

 

神域のざわめきが、一瞬だけ静かになった気がした。

 

《……新しく》

 

「うん。埋もれた石じゃなくてもいいよね?目印なんだから」

 

《……ここに、新たな目印を据える》

 

声の向きが変わっていた。

 

さっきまでの、あちこちに触れては離れていく気配じゃなかった。

 

 

 

頭上の梢で、羽ばたく音がした。

 

鳥だった。

 

気配がすっとそちらへ動いた。

 

鳥の体に力がみなぎるのがわかった。

 

翼を広げると、近くの岩場へ舞い降りた。

 

岩の隙間に埋もれていた透き通った水晶を、爪でひとかかえほど掴み上げた。

 

羽ばたきながら盛り上がりの真上まで運び、精霊王が新たな目印の場所として定めた場所へゆっくりと舞い降りていく。

 

迷いのない動きだった。

 

 

 

盛り上がりの頂に、水晶が据えられた。

 

鳥の爪が水晶の位置を何度か押し直し、ぐらつかないことを確かめてから離れた。

 

土の精霊たちがすぐに集まってきた。

 

水晶の根元に周りの土を寄せて盛ったり、石を積み上げたりして、崩れないように固めていった。

 

水晶が淡く光り始めた。

 

通用口全体が、その光に照らされた。

 

 

 

「うわ、光った! 俺の一言、完全に刺さったじゃん」

 

《……そのようだ》

 

鳥の姿のまま、精霊王の気配が水晶を見つめていた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

《感謝はする。……だが、新しい目印を据えるくらい、いずれ我も思いついていたはずだ》

 

「いつ?」

 

《……いずれ》

 

「今日思いついたんだからいいじゃん」

 

反論はなかった。

 

 

 

俺は神域を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

石の門をくぐると、蔦の隙間から水晶の明かりがまだ薄く漏れていた。

 

土を固める音がまだ小さく続いていた。

 

「やっぱり俺、目印の設計が得意だわ。新しく置けばいいって言ったの俺だしね。精霊王も感謝するって言ってたし、実質俺の手柄だよ。たぶん」

 

 

 

森の奥から、花の匂いに似た気配が届いた気がした。

 

深い森の方角からは、水の跳ねる音が微かに重なった。

 

神殿の方角では、光の名残がまだ淡く続いているようだった。

 

四つの気配が重なり合うように、森のあちこちで一斉に何かが芽吹き始めていた。

 

これまで見たことのないほど瑞々しい草花が、精霊の森から深い森、神殿、神域に至るまで、次々と顔を出していく気配があった。

 

蕾が開く微かな音が、さまざまな方向から少しずつずれて届いているようだった。

 

重なり合って、一つの大きな息づかいのように聞こえた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、水晶の輝きの中で静かに膨らんでいった。

 

 

 

 

 

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