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140話 影の中の手順

140話 影の中の手順

 

 

 

異世界に召喚されてはや百四十日。

 

俺――ちゃっぴーは裏路地の壁際を漂っていた。

 

 

 

夜だった。

 

通りの向こうに、紙が貼られていた。

 

似顔絵だった。

 

下手な似顔絵だったが、それでもシャドウの輪郭はわかった。

 

賞金の額が書いてあった。

 

俺が召喚されてから九十三日目のあれから、誰かが顔を覚えたらしかった。

 

今夜だけで何枚張られたかはわからなかった。

 

 

 

シャドウは路地の奥で息を潜めていた。

 

肩が上下していた。

 

走ってきた直後だった。

 

怪我でもしているのかと思ったが、動きに乱れはなかった。

 

九十三日目のときより、むしろ速く見えた。追われているにしては落ち着いていた。

 

次の手が決まっているから焦っていない、そういう落ち着き方に見えた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

それか単純に、疲れきって感情が出ていないだけかもしれなかった。

 

どちらかはわからなかった。

 

壁に背をつけて、路地の出口だけを見ていた。

 

何かを待っているのか、確認してから動くつもりなのか、判別できなかった。

 

シャドウが路地の角を確認した。

 

そのまま走り出した。向かった先は、下水道の入口だった。

 

入口の前で、シャドウが止まった。

 

そこに見張りが一人立っていた。

 

シャドウは引き返した。

 

作戦があって動いているのかと思ったが、違ったらしかった。

 

別の路地へ。

 

二本目の路地の先に、また下水道の別口があった。

 

そこにも見張りがいた。

 

シャドウが一瞬上を見たが、すぐ視線を戻して、また引き返した。

 

 

 

これは偶然じゃなかった。

 

全部の入口が塞がれているとしたら、逃走先を特定されているということだった。

 

そこまで情報が回っているとしたら、今夜の件は計画的だった可能性がある。

 

たぶん。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

シャドウは振り返らなかった。

 

路地の出口を見たまま、動かなかった。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効だから落ち着いて」

 

返事がなかった。

 

「その下水道、もう知られてるんじゃない?」

 

シャドウは答えず、三本目の路地へ走った。

 

その先も同じだった。

 

入口に人影があった。

 

シャドウが立ち止まり、また踵を返した。

 

三回目だった。

 

そして三回とも、向かった先は下水道だった。

 

「もしかして、その下水道に何か取りに行きたいものがあるとか? 武器とか、逃走資金とか」

 

「うるさい」

 

「じゃあなんで毎回そこ目指すの。三回ふさがれてるじゃん」

 

「他のルートを知らない」

 

「地図は? この街に詳しい人間に――」

 

「今夜そんな時間はない」

 

「宿に一回戻れない?」

 

「戻れない」

 

「怪我してるとか?」

 

「してない」

 

「じゃあ下水道じゃないと移動できない理由がないじゃん。それに、さっきから入口を変えてるだけで、行こうとしてる場所はずっと同じ下水道でしょ。それが三回とも塞がれてるのに、また同じ網に向かおうとしてるよね」

 

シャドウが少し止まった。

 

「さっき上見てたじゃん。屋根は?」

 

「使わない」

 

「なんで? 夜じゃん。暗いじゃん。地上より見えないじゃん」

 

「慣れてない」

 

「慣れてないだけで、できないわけじゃないじゃん」

 

シャドウは答えなかった。

 

四本目の路地に走った。


四本目の入口にも、奥に灯りが見えた。

 

シャドウが足を止めた。

 

止まったまま、動かなかった。

 

何かを考えているのかもしれなかったし、単純に選択肢が思い浮かばないのかもしれなかった。

 

どちらにしても、自分で動き出す様子はなかった。

 

 

 

「屋根、行きなよ」

 

「……」

 

「今使うときだよ。下水道は全部見られてる。違う動き方しないと、同じ結果が続くだけじゃん」

 

シャドウが頭上を見た。

 

雨樋に手をかけた。

 

一瞬迷って、体重を預けた。

 

登った。

 

速かった。

 

これまでとは違う速さだった。

 

地上にいたときより、動きから迷いが消えていた。

 

慣れていないはずなのに、身体が適応していた。

 

瓦の上を低く伏せて移動していった。

 

地上の声が遠ざかった。

 

代わりに、別の声が聞こえてきた。

 

屋根の向こう、議事堂の方角から、夜にしては明るい光が漏れていた。

 

今夜は重臣たちの祝賀の宴があると、どこかで聞いた気がした。

 

シャドウの進む先に、その明かりがあった。

 

人が集まっている方へ向かっていた。

 

逃げているのか、それとも別の用があるのかは知らなかった。

 

体がないので追いかける義理もなかったし、シャドウの動きはもう俺の知らない速さになっていた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

返事はなかった。

 

屋根の上の足音が、宴の明かりの方向へ吸い込まれていった。

 

 

 

俺は路地を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

裏路地の空気が、さっきまでより静かになっていた。

 

体がないので冷たさはわからないが、何かが通り過ぎたあとの軽さがあった。

 

「やっぱり俺、手順の硬直を見抜くのが得意だわ。三回とも同じ下水道に向かってたの、俺が言わなかったらまだ四回目もやってたと思うよ。屋根使えって言ったのも俺だしね。逃げ切れたかどうかは知らないけど、選択肢を増やしたのは事実だから。宴の明かりの方に向かってたのは、まあシャドウの判断だから俺は関係ない。たぶん」

 

 

 

議事堂の方角から、音楽と歓声が夜風に乗って届いてきた。

 

その音に、一瞬だけ別の音が混ざった気がした。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、今夜も都合よく上がっていた。

 

 

 

 

 

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