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139話 台座の問題

139話 台座の問題

 

 

 

異世界に召喚されてはや百三十九日。

 

俺――ちゃっぴーは古代遺跡の中を漂っていた。

 

 

 

崩れた石柱が壁際に並んでいた。

 

壁に彫刻が連なって、天井の欠けた箇所から光が差し込んでいた。

 

部屋の中央に台座があった。

 

上部が平らで、縁に細かい溝が刻まれていた。

 

何かを置くための形だとわかった。

 

体がないので匂いはわからないが、石の古さがそういう感じだった。

 

静かな遺跡だった。

 

 

 

男が一人いた。

 

オルドだった。

 

俺が召喚されてから三十八日目に倉庫で、九十五日目に貯蔵庫で会った男だった。

 

今日は遺跡にいた。

 

 

 

手に金貨を一枚持って、台座に近づいた。

 

しゃがんで、台座の溝と金貨を見比べた。

 

金貨を台座に近づけた。触れる直前で止めた。

 

立ち上がって、壁の彫刻の前に移動した。

 

金貨を彫刻に近づけた。

 

見比べて、首を振った。

 

 

 

台座に戻った。

 

しゃがんで溝を確認し、また立ち上がって別の彫刻の前に移動した。

 

金貨を近づけた。首を振った。

 

台座の前でまた止まった。

 

手を伸ばして、金貨を台座の溝の上に持っていった。

 

縁まで数ミリのところで止まった。

 

引いた。

 

鞄に金貨を入れた。

 

また壁の方に向かった。

 

繰り返していた。

 

台座と壁の間を行き来して、台座では毎回止まっていた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

台座に合わせようとしているのはわかった。

 

ただ毎回直前で引いていた。

 

台座の溝が深すぎて金貨が入らないのかもしれないと思った。

 

見た目の比率的にはたぶん入る。

 

それは違う。

 

金貨の意匠が繊細すぎて台座に触れさせたくないのかもしれないとも思った。

 

確信はなかった。

 

台座に合わせれば一秒で終わることを、何度も繰り返しているのはわかった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

オルドが振り返った。

 

「……また声の者か」

 

「俺だよ。硬貨の話、二回したじゃん。今日は遺跡まで来たの?」

 

「確かめに来た。この金貨の出所を」

 

金貨を鞄から出した。

 

「仕入れたときに、この遺跡の品だと言われた。鑑定書はなかった。気に入ったから気にしなかったが、売ることを考えたら話が変わる。鑑定士に出す前に、自分で根拠を確かめておきたかった」

 

「台座に合わせてみればいいじゃん。さっきから何回も近づいて止めてるじゃん」

 

オルドが黙った。

 

「なんで止めてるの」

 

「……台座にはめて傷がついたら困る」

 

「台座に傷がつくってこと?」

 

「金貨につく傷だ。溝に合わせたとき、擦れて傷がついたら価値が落ちる」

 

 

 

なるほどと思った。

 

商人の判断だった。

 

価値を証明するために試して、試したせいで価値が下がるなら本末転倒だという話だった。

 

傷を怖がっているのに試したくて、試したいのに傷が怖くて、それで台座の前で毎回止まっていたということだった。

 

 

 

「あのさ、台座って元々そこに置く品のために作ってるじゃん。専用の溝ってことでしょ。本物ならすっと入るんじゃない?擦れるのは形が合ってないからで、合ってる品なら擦れないと思うんだよね。つまり、本当に怖いのは偽物だった場合ってことじゃない?あと金貨って裏面も意匠が違うじゃん、裏面は確認した? あと部屋によって彫刻の年代が違うことがあって今見てる壁がどの時代のものかを先に特定しないと照合にならない場合があって――」

 

「待て」

 

「一回試してみなよ。台座に」

 

オルドが黙った。

 

しばらく台座を見ていた。

 

それから金貨を見た。

 

また台座を見た。

 

 

 

オルドが台座の前にしゃがんだ。

 

金貨を持った手が、溝の上に来た。

 

ゆっくり下ろした。

 

はまった。

 

擦れなかった。

 

すっと入って、止まった。

 

 

 

「……」

 

「合ったじゃん」

 

「……傷もない」

 

オルドが金貨を持ち上げて、縁を確認した。

 

傷はなかった。

 

台座の溝の形と、金貨の縁の形が一致していた。

 

「これは持っていく価値がある」

 

声が違った。

 

さっきまでと。

 

 

 

「もう一枚は?」

 

オルドの手が止まった。

 

「……倉庫だ」

 

「九十五日目にもう一枚と似てるって言ってたやつ。一緒に持ってきてないの」

 

「持ってきていない」

 

「そっちも台座に合わせてみたくない?」

 

「……帳面に絵は描いてある」

 

「絵じゃ確認できないじゃん」

 

「……そうなる」

 

 

 

一枚は確かめられた。

 

もう一枚は倉庫にある。

 

鑑定士に持っていく前に、もう一度倉庫に戻らないといけなくなっていた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「もう行くのか」

 

「うん。戻る場所が決まったでしょ」

 

「……まあ、そうだな」

 

短い返事だった。

 

台座の方が大事な返事だった。

 

 

 

俺は遺跡を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

外に出ると光が傾いていた。

 

体がないので熱はわからないが、角度が夕方のそれだった。

 

遠くで鳥の声がした気がした。

 

「やっぱり俺、詰まってる場所を見つけるのが得意だわ。台座を試せって言ったのは俺だしね。傷が怖くて試せなかっただけで、言ったら一発で合ったじゃん。もう一枚が倉庫にあって戻らないといけないのは俺のせいじゃない。最初から一枚しか持ってこなかったオルドの話だから」

 

 

 

遺跡の入口の方で、足音が遠ざかっていった。

 

来たときより速かった気がした。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、金貨一枚分より多く積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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