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136話 繋がってない地図

136話 繋がっていない地図

 

 

 

異世界に召喚されてはや百三十六日。

 

俺――ちゃっぴーは迷宮の交差点を漂っていた。

 

 

 

石を削った通路が四方に伸びていた。

 

壁に苔が張り付いて、水が滲んでいた。

 

松明は一本もなく、魔道具の淡い光だけが頼りだった。

 

通路の奥は闇に沈んでいて、どこまで続いているのか見えなかった。

 

薄暗くて静かな場所だった。

 

静かなはずだった。

 

 

 

「左の通路、確認完了。C区画に繋がってます」

 

斥候のリナが戻ってきた。

 

リーダーのカイがノートを開いた。

 

書き込んだ。

 

「次は右だ。リナ、頼む」

 

リナがすでに走り出していた。

 

 

 

五人組だった。

 

覚えがあった。

 

俺が召喚されてから十五日目に会ったパーティだとわかった。

 

動きが変わっていた。

 

以前は全員が全手順を揃えて入室するたびに止まっていた。

 

今はリナが先行して戻ってきて報告する、カイがノートに書く、リナがまた走る、という往復になっていた。

 

あのぎこちなさはなかった。

 

無駄がないように見えた。

 

 

 

ただ、俺が見ていると、ある一人が目についた。

 

魔法使いのソラだった。

 

前衛のデクが別の通路から戻ってきた。

 

ソラが口を開きかけた。

 

リナが同じタイミングで戻ってきた。

 

「右の通路は――」

 

カイがノートを向けた。

 

ソラが口を閉じた。

 

リナの報告が終わった。

 

カイがノートを書き終えた。

 

ソラが一歩踏み出した。

 

カイが次の指示を出した。

 

ソラが止まった。

 

 

 

それだけじゃなかった。

 

リナが三度目の確認から戻ってきた。

 

ソラがカイのノートを横から覗いた。

 

何かを言おうとした。

 

カイがペンを走らせた。

 

ソラが視線を落とした。

 

 

 

デクも声をかけようとした。

 

「カイ、ちょっと――」

 

「待ってくれ、今リナの分を書く」

 

デクが立ち止まった。

 

それから黙って、また別の通路に向かって歩いていった。

 

少し進んでから振り返った。

 

カイはもうノートを見ていた。

 

デクはそのまま歩いていった。

 

 

 

回復役のハルは、少し離れた場所に座り込んでいた。

 

誰かが怪我をしたときのために待機していた。

 

今日はまだ一度も呼ばれていなかった。

 

荷物の中の包帯を数え直して、また戻した。

 

することがなかった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

ソラが戻ってきて、また出ていく。

 

戻ってきて、また出ていく。

 

そのたびに何か言いかけて、口を閉じていた。

 

リナだけが往復を続けていた。

 

ちょうどよく戻ってきて、ちょうどよくカイがノートを開いた。

 

それが何度も繰り返されていた。パーティが前に進んでいるように見えた。

 

ノートの中身には偏りがあった。

 

歩いている距離は三人分なのに、書かれている情報は一人分に近かった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

カイが通路の方を向いたまま言った。

 

「……ちゃっぴーか」

 

「また来た。俺のことおぼえてた?」

 

「忘れたくても忘れられない」

 

「褒め言葉として受け取っとく」

 

リナが小さくため息をついた。

 

 

 

「ソラって今日しゃべった?」

 

俺が質問すると、カイが止まった。

 

「……しゃべっているだろう」

 

「いつ?」

 

カイが答えなかった。

 

「さっきから見てるんだけど、ソラが口開くタイミングでリナが戻ってくるか、カイが書き始めるか、どっちかになってるよ。で、そのたびにソラが引っ込んでる」

 

カイがソラを見た。

 

ソラが少し固まった。

 

「……北の通路のことを言おうとしてた」

 

「北? 確認してないぞ」

 

「俺が見てきた。デクが右に行ってる間に」

 

ソラが続けた。

 

「行き止まりだった。壁に古い印がある。たぶん罠だ」

 

カイのペンが止まった。

 

「……いつ確認した」

 

「二十分くらい前だ」

 

「二十分」

 

「言おうとしたんだが」

 

カイがリナを見た。

 

リナが視線をそらした。

 

 

 

「あと、デクも何か言いかけてたよ。さっき」

 

カイがデクの方を見た。

 

デクが少し驚いた顔をした。

 

「……床のことだ。一部、削れて浅くなってる場所がある」

 

「いつから気づいてた」

 

「最初の通路を抜けたあたりから」

 

 

 

「ハルもさっきからずっと座ってるだけだけど、今日って誰も怪我してなくない?」

 

ハルが顔を上げた。

 

「……してない。だから待機してる」

 

「待機の役割って、怪我した人が出てから動くだけ?」

 

「そうだ」

 

「歩いてる距離とか、罠の場所とか、ソラやデクが見てきた情報って、ハルのとこには入ってきてる?」

 

ハルが少し黙った。

 

「……入ってきていない」

 

 

 

「ちょっと聞くけど、ソラの話って誰が聞く役なの?」

 

カイが俺の声の方を向いた。

 

「……全員聞く」

 

「リナが戻ってくるたびにカイが書く流れ、誰が作ったの?」

 

「……気づいたらそうなっていた」

 

「じゃあソラとデクが何か見てきたとき、それをどこに言えばいいかって決まってる?」

 

「……」

 

「リナとの往復で動いてる間、ソラとデクとハルの出番はどこにあった?」

 

カイがまた答えなかった。

 

今度は長かった。

 

リナも何も言わなかった。

 

ソラもデクもハルも黙っていた。

 

 

 

カイがノートを閉じた。

 

開いた。

 

また閉じた。

 

「……」

 

何か言いかけて、やめた。

 

俺は何も言わなかった。

 

カイが自分で考え始めた顔だったので、黙っていた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

カイが顔を上げた。

 

「もう行くのか。何も解決していないぞ」

 

「してないけど、考える材料は渡したじゃん」

 

「……まあそうだな」

 

リナが小さく言った。

 

「……次は来なくていいぞ」

 

「また来るよ。たぶん」

 

 

 

俺は迷宮を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

外は夜に近かった。

 

空の端が暗くなり始めていた。

 

風が少し冷たくなっていた。

 

「やっぱり俺、気づき力が高いわ。ソラが口開きかけて引っ込めるの、何回も見てたの俺だけだしね。デクが床のこと言いかけてたのに気づいたのも俺だよ。ハルが完全に蚊帳の外だったのも見抜いたし。カイが急に黙り始めたのも、たぶん俺が聞いたからだと思う。解決はしてないけど、それは別にいいんだよ。気づかせるところまでが俺の仕事で、そこから先は本人たちの仕事だから。むしろ全部俺がやっちゃうと成長の機会を奪うことになるし、ここで手を引くのが一番効果的な支援なんだよね。たぶん」

 

 

 

迷宮の入口の奥から、声がした。

 

カイの声に似ていた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、埋まっていない地図の分まで上乗せされていた。

 

 

 

 

 

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