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135話 全部に答えを出す必要はない

135話 全部に答えを出す必要はない

 

 

 

異世界に召喚されてはや百三十五日。

 

俺――ちゃっぴーは王宮の小会議室を漂っていた。

 

 

 

謁見室より小さな部屋だった。

 

長い机があって、椅子が両側に並んでいた。

 

窓から中庭が見えた。

 

のどかな眺めだった。

 

部屋の中はのどかじゃなかった。

 

 

 

机の上に羊皮紙が三束あった。

 

それぞれ別の封蝋がついていた。

 

全部開封されていた。

 

全部読まれた形跡があった。

 

全部、元の場所に戻されていた。


俺が召喚されてから六十日目に会った王女が三束を順番に見ていた。

 

王女の名前はアリアスといった。

 

左を見て、中を見て、右を見た。

 

また左に戻った。

 

また中を見た。

 

また右を見た。

 

手は動かなかった。

 

マクレルが壁際で黙って立っていた。

 

俺はしばらく眺めていた。

 

 

 

アリアスは変わっていた。

 

十一日目に廊下で書類を押しつけていたあの王女アリアスが、今は静かに机の前に座っている。

 

六十日目の外交の場でも見たが、今日はさらに落ち着いていた。

 

落ち着いているのに、動けていなかった。

 

左の束を手に取って、止まる。

 

戻す。

 

右の束を手に取って、止まる。

 

戻す。

 

マクレルが何も言わずにそれを見ていた。

 

それが繰り返されていた。

 

マクレルは助言する気がないのか、助言できないのか、どちらかだった。

 

どちらにしても、部屋は止まっていた。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

アリアスが顔を上げた。

 

驚かなかった。

 

「……またお前か」

 

「三回目だよ。覚えてる?」

 

「忘れたくても忘れられない」

 

マクレルが静かに頭を下げた。

 

「声の者か。久しいな」

 

「久しいね。元気そう」

 

「おかげさまで」

 

 

 

「今の、見てたんだけど」

 

アリアスが短く息を吐いた。

 

「見ていたのか」

 

「うん。三束全部、取っては戻してるじゃん」

 

「……見ていたなら話が早い」

 

「縁談?」

 

「そうだ」

 

「三件同時に来てるの?」

 

「来ている」

 

「全部に今日答えを出さないといけないと思ってる?」

 

アリアスが少し止まった。

 

「当然だろう。いつまでも保留にはできない」

 

「全部同じ方法で答えないといけないと思ってる?」

 

「……どういう意味だ」

 

「受けるか断るかの2択で全部処理しようとしてるじゃん。三束とも同じ顔して見てる」

 

アリアスが黙った。

 

マクレルが少し眉を動かした。

 

 

 

「ちょっと聞くけど、三件それぞれ相手が違うんでしょ」

 

「そうだ」

 

「どんな相手なの」

 

「一つは友好国の第二王子。一つは自国の有力領主の嫡男。一つは……東の大国からだ」

 

「東の大国って、友好的な相手なの?」

 

「そうとも言えない」

 

「じゃあ全部に同じ答えを出す必要ないじゃん。友好国の王子と、微妙な大国からの話を同じ土俵で考えるから詰まるんじゃないの」

 

アリアスが三束を見た。

 

「縁談は縁談だ。形式は同じだ」

 

「形式は同じでも、意味が全然違うじゃん。友好国の王子への返事は外交の継続で、領主の嫡男への返事は国内の話で、東の大国への返事は……それ縁談じゃなくて交渉じゃん。受けるか断るかより先に、窓口が違う話じゃないの」

 

アリアスの手が止まった。

 

マクレルが静かに口を開いた。

 

「……声の者の言う通りかもしれませんな」

 

「マクレル卿」

 

「三件をまとめて処理しようとするから動けなくなる。切り分ければ、それぞれ別の話になります」

 

 

 

アリアスが三束を見た。

 

左を見て、中を見て、右を見た。

 

今度は順番が違った。

 

右を最初に見た。

 

 

 

「……東の大国からの話は、縁談として受けるか断るかではなく、外交案件として別途対応する」

 

「そうだよ」

 

「友好国の王子への返事は、急ぐ必要がない。時間をかけて判断できる」

 

「うん」

 

「領主の嫡男については……」

 

アリアスが少し間を置いた。

 

「これだけは、少し考える時間が要る」

 

「それでいいじゃん。全部に今日答えを出す必要ないじゃん」

 

アリアスが静かに息を吐いた。

 

さっきとは違う吐き方だった。

 

 

 

マクレルが三束のうち右の一束を静かに手に取った。

 

「東の件は私が外交担当に回しましょう。縁談の窓口で受けるべき話ではありませんでした」

 

「……そうしてください、マクレル卿」

 

「承りました」

 

マクレルが立ち上がった。

 

動きに迷いがなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

アリアスが空中を見た。

 

「……もう行くのか」

 

「うん。あとは自分でできるでしょ」

 

「礼は言わない」

 

「なんで」

 

「一度も言ったことがないから、今さら言い方がわからない」

 

「正直だね」

 

「当然だ」

 

 

 

俺は会議室を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下に出ると、マクレルの声が扉越しに聞こえた。

 

「では友好国の件から整理いたしましょうか」

 

アリアスの返事は聞こえなかった。

 

ただ、羊皮紙をめくる音がした。

 

取っては戻す音ではなかった。

 

「やっぱり俺、国の恋愛問題って全部同じに考えなくていいんじゃないって一言で動かせるわ。あとはアリアスとマクレルが勝手に分類し始めたけど、そっちに向かわせたのは俺だからね。マクレルが動いたのも俺のおかげだよ。たぶん。領主の嫡男の件がまだ解決してないけど、それはアリアスが自分で考えるやつだから。俺の範囲外だよ」

 

 

 

廊下の向こうで、足音が一つ遠ざかっていった。

 

外交担当を呼びに行ったのか、別の用事なのかはわからなかった。

 

ただ、足音は迷っていなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、縁談三件分まとめて積み上がっていった。

 

 

 

 

 


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