133話 廃墟の泊まり方
133話 廃墟の泊まり方
異世界に召喚されてはや百三十三日。
俺――ちゃっぴーは廃墟を漂っていた。
石造りの建物だった。
屋根が一部抜けていて、夜空が見えた。
窓枠に木が残っていたが、ガラスはなかった。
床に草が生えていた。
どこかの宿か民家だったらしく、形は残っていた。
壁も柱も、形だけが残っていた。
その廃墟の中で、俺が召喚されてから五十四日目に会ったフェナが荷物を抱えて立っていた。
荷物の置き場所を決めようとして、角を見た。
近づいた。
草を踏んで、もう一方の角も見た。
どちらにも置かなかった。
柱の傍に行って柱を手で押した。
揺れなかった。
それでも置かなかった。
壁際に移動して、壁を叩いて、音を聞いた。
頷いた。
それでも置かなかった。
中央に戻った。
また荷物を抱えたまま立っていた。
俺はしばらく眺めていた。
フェナが荷物を抱えたまま四箇所を回った。
全部に何かの理由があるようだった。
全部を却下していた。
俺は一つ目の仮説を立てた。
疲れているのかと思った。
違った。
止まるたびに確認していた。
疲れた人間の動き方じゃなかった。
もう一つ考えた。
廃墟の構造が心配で、どこが安全か調べているのかと思った。
違う気がした。
調べているというより、却下する理由を探しているみたいだった。
三つ目を考えた。
荷物の中に壊れやすいものがあって、置き場所を慎重に選んでいるのかとも思った。
わからなかった。
荷物の中身まで見えなかった。
ただ、中央に戻るたびに、フェナの足が止まる時間がじわじわ長くなっていた。
さっきより今の方が、明らかに長かった。
旅の疲れとは別の止まり方だった。
「よお ちょっといい?」
フェナが荷物を抱えたまま振り向いた。
「……ちゃっぴーか」
「覚えてたんだ」
「忘れにくい名前だ」
褒めてるのか貶してるのかわからなかった。
「荷物、置けてないじゃん」
「置く場所を決めている」
「ずっと決まってないじゃん」
「決めているところだ」
「角を二箇所、柱、壁、全部見て全部置かなかった」
フェナが少し止まった。
「……見ていたのか」
「ずっと。角は何が?」
「暗い」
「柱は?」
「押したら少し沈んだ気がした」
「沈んだの?」
「……気がした、だ」
「壁は?」
「音が気になった。湿った音がした」
「雨漏りしてるの?」
「……今はしていない」
「じゃあ湿った音って、どんな音と比べて湿ってるの」
フェナが黙った。
「叩いた音が乾いてるか湿ってるか、基準になる壁の音、知ってる?」
「……この建物は初めてだ」
「他の廃墟の壁を叩いたことは?」
「……ない」
「じゃあ今の音が湿ってるかどうか、どう判断したの」
フェナが返事をしなかった。
荷物を持ち直した。
また中央を見た。
「……また同じことをしている」
フェナが小さく言った。
自分に言ったみたいな声だった。
「橋のとき?」
「……そうだ」
それ以上は言わなかった。
中央に荷物を置こうとした。
腕が止まった。
「ここも根拠がない」
「さっきの三箇所と何か違う?」
フェナが黙った。
もう一度置こうとして、また腕が止まった。
荷物の重さだけが変わらずそこにあった。
三度目、また置こうとして、また止まった。
荷物は下ろされなかった。
「……座ってみる」
荷物を抱えたまま、その場に腰を下ろした。
中央の床に、荷物を膝の上に乗せたまま座った。
立ったままより視点が低くなった。
屋根の穴から、夜空の端が見えた。
「……星が出ている」
「さっき上、見てた?」
「……立って見て回っていたときは、見ていなかった」
「今は?」
「見える。今夜は雨が降らない。野営より風が防げる。床も平らだ」
「なんで今それが言えるの」
「……座ったら見えた」
しばらく黙っていた。
荷物を膝の上に乗せたまま、何かを考えているようだった。
それから、静かに荷物を傍の床へ滑らせた。
腕の力が抜けるみたいな動作だった。
俺はしばらく何も言わなかった。
フェナも何も言わなかった。
屋根の穴から、風がかすかに入ってきた。
草が揺れた。
「俺のやることはやった。次行くわ」
「またすぐ行くのか」
「うん。泊まれそうでしょ、ここ」
「……座ったら見えた」
「うん」
「……それだけだ」
短い返事だった。
感謝とも何とも取れなかった。
でも荷物には手を伸ばさなかった。
俺は廃墟を出た。
次なる宿主を求めて。
夜風が外を流れていたが、体がないので感じなかった。
屋根の穴から漏れた星の光が、草の上に細く落ちていた。
「やっぱり俺、話しかけるタイミングが絶妙だわ。壁の音が何と比べて湿ってるのって聞いたのは俺だしね。フェナが『また同じことをしている』って気づいたのも、あの流れがなければ出てこなかったよ。座ったら星が見えたのも、俺が話しかけてなかったら荷物抱えたまま立ち続けてたと思う。たぶん。最終的に荷物を降ろしたじゃん、床に。橋のときと同じ流れだよ。間接的に全部俺の功績だよ。体ないけど」
廃墟の中で、草がまたかすかに揺れた。
風なのか、人が動いたのかは、もうわからなかった。
反省はゼロだった。
自己評価だけが、廃墟一棟分、静かに積み上がっていった。




