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132話 もう一度だけ

132話 もう一度だけ

 

 

 

異世界に召喚されてはや百三十二日。

 

俺――ちゃっぴーは城の倉庫を漂っていた。

 

 

 

石造りの部屋だった。

 

棚が左右に並んでいて、使わなくなった什器や布切れや割れた陶器が詰め込まれていた。

 

いつか使うかもしれないが、たぶん使われないものの匂いがする部屋だった。

 

体がないので匂いは感じないが、そういう部屋だとわかった。

 

 

 

古びた木箱が、棚の前で止まっていた。

 

俺が召喚されてから九十四日目に会ったミミックだった。

 

蓋を開けた。

 

閉じた。

 

役人らしき男が書類を確認した。

 

「食べていい」

 

ミミックは食べなかった。

 

隣の棚に移動した。

 

また蓋を開けて閉じた。

 

「そちらも食べていい」

 

役人が声をかけたが、ミミックはまた食べなかった。

 

ミミックは窓際の男を見た。

 

窓際の男が首を横に振った。

 

ミミックが蓋を閉じた。

 

この流れが続いていた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

役人が何かを言うたびに、ミミックは役人ではなく窓際の男を見た。

 

窓際の男は首を横に振り続けていた。

 

ミミックは食べなかった。

 

窓際の男には見覚えがあった。

 

前にこの城の宝物庫で会った男だとわかった。

 

なんで首を横に振るんだろうと思った。

 

役人の邪魔をしているのだと思った。

 

ミミックが窓際の男に甘えすぎていて動けないのだと思った。

 

両方とも確認していなかった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

ミミックが蓋を半開きにしたまま止まった。

 

役人が書類から顔を上げた。

 

窓際の男が動いた。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」

 

窓際の男が間を置いた。

 

「……また来たか」

 

「また来た。あれ、宝物庫の人だよね。なんでここにいるの」

 

「今日からミミックが移動になった。ミミックの担当が変わった」

 

「担当じゃないのにいるの?」

 

男が少し黙った。

 

「……ミミックが気になった」

 

ミミックが男を見た。

 

男はミミックを見た。

 

役人が書類に目を落とした。

 

 

 

「ちょっと確認するけど、役人が食べていいって言ってるのに、ミミックが動かないのはなんで? 窓際の人が首を振るから止まってるの?」

 

役人が顔を上げた。

 

「私が承認担当だ。食べていいと言っている。ただミミックが動かない」

 

「窓際の人が邪魔してるってこと?」

 

男が少し黙った。

 

「……私は頷いていない。頷けないから頷いていない」

 

「どういうこと」

 

「担当ではないから、私が頷いてはいけない。だから首を横に振っている」

 

俺はしばらく考えた。

 

邪魔しているのではなかった。

 

頷きたくても頷けないから、代わりに首を横に振っていた。

 

「……ちょっと聞くけど、ミミック。役人が食べていいって言ったの、聞こえてた?」

 

「聞こえてた」

 

「なのになんで食べないの」

 

ミミックが少し間を置いた。

 

「管理人が頷かなかった」

 

管理人、と呼んだ。

 

「役人が言えば十分じゃないの」

 

「管理人が頷かないと食べられない」

 

俺はそこでようやくわかった。

 

ずっと管理人の合図で動いてきた。

 

だから役人が何を言っても、管理人が頷かなければ体が動かない。

 

甘えているのでも、意地を張っているのでもなかった。

 

そういう体になっていた。

 

 

 

「ちょっと聞くけど、管理人が役人を見て、それから頷いたら、ミミックは食べる?」

 

ミミックが蓋を少し開けた。

 

「……たぶん」

 

「管理人。役人が承認したのを確認してから、ミミックに頷くだけでいい。承認は役人、合図は管理人。それだけでいい」

 

管理人が役人を見た。

 

長い間だった。

 

何かを確認しているのか、納得しようとしているのか、どちらかわからなかった。

 

役人が書類を示した。

 

「食べていい。承認した」

 

管理人がミミックを見た。

 

また間があった。

 

それから頷いた。

 

ミミックが蓋を開けた。

 

棚の端にあった陶器の欠片を食べた。

 

ぼりっと音がした。

 

管理人の顔が複雑だった。

 

うまくいった顔と、これでよかったのかという顔が混ざっていた。

 

役人の顔はわからなかった。

 

書類に何かを書いていた。

 

 

 

次の棚にミミックが移動した。

 

役人を見た。

 

役人が書類を確認した。

 

「食べていい」

 

ミミックが管理人を見た。

 

管理人が役人を見た。

 

役人が頷いた。

 

管理人が頷いた。

 

ミミックが食べた。

 

ぼりぼりと音がした。

 

一手増えていた。

 

でも動いていた。

 

管理人の顔はまだ複雑なままだった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

管理人が棚の方を見たまま言った。

 

「……助かったのかどうか判断が難しい」

 

「前に会ったときも同じこと言ったじゃん」

 

「また同じ気持ちになった」

 

ミミックが管理人を見た。

 

管理人がミミックを見た。

 

それだけだった。

 

役人が書類に何かを書き足した。

 

 

 

俺は倉庫を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下に出ると、石造りの通路が続いていた。

 

どこかで書類をめくる音がした。

 

「やっぱり俺、習慣の切り替えの整理が得意だわ。ミミックが合図ごと覚えてたのも、俺が聞いたから分かったわけだしね。聞かなかったら誰も気づかなかったよ。承認は役人、合図は管理人って分けろって言ったのも俺だよ。一手増えたけど動くようになったのは、俺が順番を整理したからじゃん。管理人の顔が複雑だったのは気になるけど、それは管理人の問題だから俺の管轄外だよ。ミミックがまだ管理人を見てたのも、まあ、すぐには変わらないよ。習慣だから。たぶん。体ないけど」

 

 

 

倉庫の方から、ぼりっと音がした。

 

三個目らしかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価が割れた陶器の欠片ぶん増えた。

 

 

 

 

 


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