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131話 縄張りの外

131話 縄張りの外

 

 

 

異世界に召喚されてはや百三十一日。

 

俺――ちゃっぴーは市場を漂っていた。

 

 

 

昼前の市場だった。

 

客足が多い時間帯で、屋台の前に人が集まっていた。

 

俺が召喚されてから五十二日目に会ったレイムに会うのはこれが三度目だった。

 

俺が会うたびにレイムの服のほつれが増えていた。

 

今日も増えていた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

レイムは柱の前に立っていた。

 

前に俺が教えた場所だった。

 

ただ、声をかけていなかった。

 

立ったまま動かなかった。

 

客が前を通った。

 

レイムが口を開きかけた。

 

客の足が速くなった。

 

レイムが口を閉じた。

 

別の客が通った。

 

今度はレイムが口を開く前に、客が目を逸らした。

 

逸らしながら加速した。

 

また別の客が通った。

 

遠回りした。

 

わざわざ屋台の陰を回って、レイムの前を避けた。

 

 

 

三回見た。

 

声をかける前から避けられていた。

 

能力が機能していないのではなく、能力を使う前に相手がいなくなっていた。

 

最初は声の問題かと思った。

 

市場は昼前が一番賑やかで、能力の乗り方が変わるのかもしれない。

 

ただし避けられ方が「聞こえなかった」じゃなくて「最初から知っている」の動きだった。

 

立ち位置の問題かとも思った。

 

前は柱の前がよかったはずだが、今日は柱が邪魔をしているのかもしれない。

 

ただし柱から離れた場所でも、レイムの方を見た客が目を逸らした。

 

柱ではなかった。

 

レイム自身が問題だった。

 

 

 

「よお」

 

レイムが振り返った。

 

すぐわかった顔だった。

 

前よりだいぶ疲れていた。

 

「……ちゃっぴーか」

 

「久しぶり。誰にも止まってもらえてないじゃん」

 

「……そうだ」

 

「能力が切れた?」

 

「わからない。声をかける前に行ってしまう」

 

「声をかける前から避けてるんだよ、みんな。レイムを見て避けてる」

 

レイムが少し止まった。

 

「……気づいてたか」

 

「三回見てた。目が合った瞬間に加速してる。あと一人、わざわざ遠回りした」

 

レイムが短く息を吐いた。

 

否定しなかった。

 

 

 

俺はもう少し観察した。

 

商人らしき二人が荷を運びながらこちらを見た。

 

片方が何か言った。

 

もう片方がレイムの方を一瞥した。

 

二人とも通り過ぎた。

 

耳打ちの顔だった。

 

知っている顔だった。

 

 

 

「あの二人、お前のこと知ってたんじゃない?」

 

「……知り合いではない」

 

「知り合いじゃないのに知ってる顔してたよ。噂が回ってるんじゃないの」

 

レイムが長い間黙った。

 

「この市場で何件やったの?」

 

「……先月から十数件」

 

「同じ市場で十数件。やられた相手が話したんじゃない?」

 

「能力があれば気づかないはずだ」

 

「能力は一回その場で引き込めるやつでしょ。後から冷静になって気づく人間はいるんじゃないの。あと引き込まれながらも財布を持っていかれたら、気づかなくても騙されたことには気づくじゃん」

 

レイムがまた黙った。

 

否定しなかった。

 

 

 

「この市場、もう難しいんじゃない?」

 

「……」

 

「顔が知られてる場所で声かけても、能力を使う前に逃げられる。能力を使う前の話だから、能力でどうにかなる問題じゃない」

 

「では別の市場か」

 

「それか顔を隠すか。帽子とか頭巾とか。あと服もそろそろ洗った方がいいと思うんだけど、ほつれも増えてるし、貴族のふりするなら見た目が――」

 

「服は関係ない」

 

「三回目でもそう言う」

 

「言う」

 

 

 

俺はもう一度市場を見た。

 

レイムが立っていても、客の流れがそこだけ迂回していた。

 

水が岩を避けるみたいだった。

 

岩の側は動けなかった。

 

 

 

「ここでやり続けるのは無理だと思うよ。今日は諦めた方がいい」

 

レイムが市場の端から端を眺めた。

 

「……この市場では、もう無理か」

 

「そういうこと」

 

「……場所を変える」

 

「能力が弱くなったわけじゃないから、場所を変えれば使える」

 

レイムがゆっくり柱の前から離れた。

 

財布を持っていなかった。

 

今日は一件も通らなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「もう行くのか」

 

「うん。場所を変えれば動けるでしょ」

 

「……動けるかは、やってみないとわからない」

 

「まあそれはそうだけど」

 

短い返事だった。

 

感謝はなかった。

 

三度目なのでもう期待していなかった。

 

ただ今回は複雑な顔の種類が違った。

 

前の二回は「うまくいった顔」が混ざっていた。

 

今回はなかった。

 

 

 

俺は市場を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

市場の外に出ると、往来の音が遠くなった。

 

体がないので遠ざかる感覚はないんだが、密度が薄くなったとわかった。

 

「やっぱり俺、診断の精度が上がってるわ。能力の問題じゃなくて縄張りの問題だって見抜いたのは俺だしね。顔が知られてる場所では能力を使う前に逃げられるって指摘したのも俺だよ。場所を変えれば動けるって言ったのも俺。今日は一件も通らなかったけど、それはこの市場がもう終わってたからで、俺が来る前から詰んでたやつだよ。むしろ早く気づかせてあげたのは俺の功績だと思う。たぶん」

 

 

 

市場の入口の方で、商人の二人連れがまだ話していた。

 

声は聞こえなかった。

 

でも片方が市場の奥を一度だけ見た。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、今日も解決していない問題の上に積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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