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130話 客室の答え合わせ

130話 客室の答え合わせ

 

 

 

異世界に召喚されてはや百三十日。

 

俺――ちゃっぴーは貴族屋敷の客室を漂っていた。

 

 

 

窓際に小さなテーブルがあって、椅子が二つ向かい合っていた。

 

壁に薄い布が掛かっていて、調度品が整っていた。

 

客を迎える部屋だった。

 

上品な部屋だったが、空気が上品じゃなかった。

 

椅子には誰も座っていなかった。

 

 

 

三人の男が椅子の前に立っていた。

 

見覚えがあった。

 

俺が召喚されてから二十三日目に会った会議で手順の話をした連中だった。

 

年嵩のドレヴ、若いファルク、そして喋らないムッソ。

 

三人ともまっすぐ立っていた。

 

客を迎える前の顔ではなかった。

 

何かを終わらせた後の顔だった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

ドレヴが腕を組んでいた。

 

ファルクが書類を何度もめくっていたが、視線が止まっていた。

 

ムッソは空の椅子をじっと見ていた。

 

三人とも声を出さなかった。

 

沈黙が三つある感じがした。

 

 

 

もう少し眺めた。

 

一人が動くたびに、別の一人が微妙に反応していた。

 

ドレヴが息をつくと、ファルクが書類を一枚めくった。

 

ファルクが書類を下ろすと、ムッソが椅子から視線を外した。

 

ムッソだけは、椅子より扉の方向を長く見ていた。

 

扉の前には何もなかった。

 

何があったかは俺には確認できなかったが、ムッソがそこを見ているのはわかった。

 

連鎖しているようで、噛み合っていなかった。

 

三人のあいだに何かがあったのはわかった。

 

何があったかはわからなかった。

 

部屋をもう一度見回したが、それ以上確認できるものはなかった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

ドレヴが声のした方向を向いた。

 

驚かなかった。

 

「……また来たか、声の者」

 

「また来たね。何があったの」

 

「客が帰った」

 

「誰が来てたの」

 

「隣領の連絡係だ。文書を届けに来た」

 

「それで帰ったじゃん、普通に」

 

「……それだけではなかった」

 

ドレヴの声に、わずかに力が入った。

 

 

 

「私の名を呼んだ」

 

ドレヴが言った。

 

「前に領主会議で一度会ったきりだ。なのに名を覚えていた。あの呼び方は、初めてだった」

 

「領主様、目が合ったのは私です」

 

ファルクが割り込んだ。

 

「文書を渡すとき、まっすぐ見た」

 

「……違う」

 

ムッソが静かに言った。

 

「振り返った」

 

それだけだった。

 

それ以上説明しなかった。

 

三人が同時に黙った。

 

三人が別の場所を見ていた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

名前だけを呼んだのか、目だけが合ったのか、振り返っただけなのか。

 

それとも全部が別々の相手に向けられたのか、俺には確認できなかった。

 

ただ三人とも、自分に向けた行動だと思っているのは同じだった。

 

 

 

「全部、連絡係なら仕事でやることじゃないの」

 

「名前だけは違う」

 

ドレヴが即座に言った。

 

「目など仕事だ。だが名前は違った」

 

「名前など仕事です」

 

ファルクが続けた。

 

「目だけは違った」

 

「……」

 

ムッソは何も言わなかった。

 

 

 

俺は少し止まった。

 

ドレヴは「目は仕事、名前は違う」と言った。

 

ファルクは「名前は仕事、目は違う」と言った。

 

ムッソは何も言わなかった。

 

三人が互いの証拠を仕事だと切り捨てながら、自分のだけを残していた。

 

 

 

「ドレヴは目は仕事だって言ったけど、ファルクはどう思うの」

 

「目は仕事ではありません」

 

「ファルクは名前は仕事だって言ったけど、ドレヴはどう思うの」

 

「名前は仕事ではなかった」

 

「ムッソは振り返りについてどう思うの」

 

「……違う」

 

「どっちが違うの」

 

「……違う」

 

ムッソはそれだけ返した。

 

「だから結局、全部仕事で説明つくじゃん」

 

「違う」

 

三人同時だった。

 

揃い方が惜しかった。

 

 

 

三人が三方向を向いた。

 

誰も俺の方を向いていなかった。

 

俺が何を言っても、どこにも届かなかった。

 

 

 

「返書、何を書くつもりなの」

 

「文書の受領と、今後の予定について」

 

「それ書くだけで進むじゃん」

 

沈黙があった。

 

少し長かった。

 

「……それだけで、いいのか」

 

「仕事の返書でしょ」

 

ドレヴが空の椅子を見た。

 

ファルクが書類を持ったまま動かなかった。

 

ムッソが窓の方向を見た。

 

三方向がまた揃わなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

ドレヴが顔を上げた。

 

「もう行くのか」

 

「うん。返書は自分で書けるでしょ」

 

「……ちゃっぴー。あの者は、何を考えていたと思う」

 

「わからない。見てないから」

 

「観測はしていただろう」

 

「文書を渡して、礼を言って、帰った。俺はそれしか聞いてない」

 

ドレヴが短く息をついた。

 

 

 

俺は客室を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下は静かだった。

 

誰もいなかった。

 

さっきまでいた気配だけが、わずかに残っていた。

 

「やっぱり俺、観測精度が高いわ。何を言っても違うで流されたのも、三人とも自分だけ例外だと思ってたのも、ムッソだけ最後まで説明しなかったのも、全部ちゃんと記録した。あの連絡係が何を考えてたかは俺は知らない。でも三人が自分の証拠だけ本物だと思ってたのは確かだった。たぶん。体ないけど」

 

 

 

客室の中で、羽ペンが走り始める音がした。

 

止まった。

 

また走り始めた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、見えなかった答えの分だけ静かに積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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