126話 門番の作法
126話 門番の作法
異世界に召喚されてはや百二十六日。
俺――ちゃっぴーは城門前を漂っていた。
石造りの城門だった。
厚い扉が二枚あって、どちらも開いていた。
開いているのに、人が通れていなかった。
門の前に列ができていた。
商人らしき荷馬車が三台、その後ろに歩きの旅人が五人ほど。
並んで、止まっていた。
門柱の脇に騎士が二人立っていた。
右の詰め所から出てきた男が書類を持っていた。
左からもう一人。
先頭の荷馬車が近づいた。
書類の男が御者に声をかけると、通行証を確認し、書類に何かを書いたのち、左の男に頷いた。
左の男が荷台の幌をめくって、中を確認すると内側に声を上げた。
「通行確認、完了」
「受諾」
荷馬車が門を抜けた。
次の荷馬車が前に出た。
書類から先だった。
三台目も、同じだった。
俺はしばらく眺めていた。
書類を先に確認してから荷台を見る。
順番が決まっていた。
なのに一台当たりの時間が長かった。
書くのも確認も手早いのに、遅かった。
どこかで詰まっている気がしたが、最初はどこかわからなかった。
旅人の列に目を移した。
歩きの旅人が五人、黙って待っていた。
一人が荷物を地面に置いた。
長引くと思っているのか、疲れているだけなのかわからなかった。
書類の男に戻った。
欄が多かった。
名前、出身地、目的、積載物、通行証の有無……と続いていた。
荷馬車が一台通るたびに、欄を一段ずつ丁寧に埋めていた。
旅人にも全部埋めるんだろうと思った。
荷物一個の旅人に積載物の欄があるのは変だと思った。
「よお ちょっといい?」
書類の男が顔を上げた。
「……声だけの存在か」
驚いていなかった。
「カルンじゃん。俺が召喚されてから八十一日目に会ったやつ」
「覚えていたのか」
「城門の担当、まだやってるんだね」
「当たり前だ」
カルンは短く言って、また書類に目を戻した。
「その書類、荷馬車も旅人も同じやつ?」
「同じだ」
「旅人に積載物の欄、要らなくない?」
カルンが止まった。
「……規定に、そう書いてある」
「その規定、いつのやつ?」
「……先々代の騎士団長の時代だと聞いている」
「何年前?」
「……三十年ほど前だ」
「三十年前の書類を今も全部埋めてる」
「規定だ」
カルンの返事は短かく、迷いがなかった。
手順を重視するのはカルンの性分で、八十一日目からそこは変わっていなかった。
「全部の欄、旅人でも埋めてるの? 旅人は荷物を一個しか持ってないのに積載物欄があって、滞在予定があって、通行証の発行元まで書く欄がある。これ全部要るの?」
「規定に書いてある欄は全部埋める」
「誰もおかしいと思わなかったの?」
「……思っても、規定は規定だ。変えるには上の判断がいる。自分の権限じゃない」
「セリアスに聞けばいいじゃん。前もそうしたじゃん」
カルンが少し間を置いた。
それから詰め所の方へ歩いた。
後ろの列から御者が声を上げた。
「まだかかりますかね」
左の騎士が振り向いた。
「少々お待ちを」
しばらくして、カルンが戻ってきた。
後ろに小柄な女がいた。
セリアスだった。
前より目が覚めている顔だった。
「声だけの存在か」
「また来た」
「また来たな」
事情を聞いたセリアスが書類を一枚取り上げた。
欄を端から確認した。
「この四つの欄、旅人に当てはめるの難しくない?」
「そうだな」
セリアスが書類を机に戻した。
「運用は私が決められる。だが書類の様式は規定だ。規定改訂には騎士団長の承認がいる」
「前は解決できたじゃん」
「前は運用の順番だった。今回は様式そのものだ」
「……そういう違いがあるんだ」
「そういうことだ」
「じゃあどうするの」
「申請を出す。通るかどうかは騎士団長次第だ」
「……様式の様式ってこと?」
「そうだ」
カルンが旅人の先頭に向き直った。
書類を取り上げた。
全欄埋め始めた。
手順通りだった。
「今日は変わらないってこと?」
「今日は変わらない」とセリアスが言った。
「来週も?」
「申請が通れば変わる」
「申請が通らなければ?」
セリアスが少し間を置いた。
「……また申請する」
淡々としていた。
旅人の先頭がもう一度声を上げた。
「まだかかりますかね」
「少々お待ちを」とカルンが答えた。
さっきと同じ返し方だった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
セリアスが俺の声の方向を向いた。
「また来い」
「来るかどうかはわからないけど」
「わかった」
俺は城門前を離れた。
次なる宿主を求めて。
城壁の石が午後の光を受けていた。
詰め所の中でセリアスの声がした。
申請書の話をしていた。
「やっぱり俺、継続フォローの才能があるわ。八十一日目に手順の順番を整えて、今回は書類の中身まで掘り当てたのは俺だしね。セリアスが申請を出すって動いたのも、俺が欄の話をしたからじゃん。申請が通るかどうかは騎士団長次第らしいけど、問題があることは可視化されたから、それで十分だよ。たぶん。カルンが今日も全欄埋めてるのはまあ、規定だからね。仕方ない」
詰め所の窓の向こうで、何かを書く音がした。
申請書か、今日の記録か、外からはわからなかった。
反省はゼロだった。
自己評価だけが、規定より速く更新されていた。




