124話 隠し部屋の順番
124話 隠し部屋の順番
異世界に召喚されてはや百二十四日。
俺――ちゃっぴーは石造りの廊下を漂っていた。
地下だった。
俺が召喚されてから六十二日目の通路とは別の場所だったが、雰囲気は似ていた。
あちらは松明が複数あって五人が動いていた。
こちらは松明が一本で、四人が止まっていた。
扉の前で止まっていた。
動いていなかった。
弟が扉の前にしゃがんでいた。
鍵穴を覗いて、指を当てて、また覗いた。
手が動きそうになって、止まった。
また動きそうになって、また止まった。
三回目は手を膝に戻した。
ガリルが弟の後ろに立っていた。
弟の肩を見て、扉を見て、カルロを見た。
一歩踏み出しかけて、戻した。
カルロを見た。
また一歩踏み出しかけて、また戻した。
カルロが壁際に立っていた。
腕を組んで、廊下の奥を見ていた。
扉の方を見ようとして、壁の方に向き直った。
また扉の方を見た。
また壁の方に向き直った。
ダリウスは少し離れた場所で、廊下の角を確認していた。
見張りのようだった。
ときどきカルロを振り返って、何かを待つ顔をした。
全員が何かを待っていた。
全員が、別の誰かを待っているようだった。
これは弟の解錠スキルが今回の扉に対応していなくて止まっているのかと思った。
俺が召喚されてから六十二日目の終わりに、弟が扉の前で止まったまま終わっていたからだ。
同じ問題が続いているのかもしれないと判断した。
違った。
弟の手は扉に届いていた。
止まっているのは別の理由だった。
次にカルロが廊下の何かを確認していて全員が終わるのを待っているのかと思った。
カルロが壁を向いていたからだ。
違った。
壁には何もなかった。
カルロはただ壁を見ていた。
「よお。ちょっといい?」
ガリルが壁に向かって杖を出しかけた。
「俺、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。また来た」
カルロが腕を組んだまま言った。
「……また声の幽霊か」
「また俺。弟、名前は」
弟が立ち上がった。
「……オラニス」
「オラニス、今何してるの」
「待機中」
「ガリルは」
「指示待ち」
「カルロは」
「……確認待ちだ」
「何の確認」
「全体の状況が整ってから動く」
「その状況を整えるのは誰」
カルロが黙った。
「ガリル、偵察はどうした」
「承認待ち」
「誰の」
「カルロの」
「カルロ、今聞こえてる?」
カルロがまた黙った。
今度は少し長かった。
オラニスが鍵穴を見た。
また見た。
「じゃあ俺、扉の型だけ確認してくる。承認の問題は二人で片付けてもらえると助かる」
カルロが止めるより先に、オラニスが道具を取り出した。
カルロが壁から離れた。
「行け、ガリル。俺が後ろを見る」
「了解」
全員が動き始めた。
扉が静かに開いた。
カチ、という音が廊下に小さく響いた。
中は暗かった。
オラニスが松明を持って先に入り、それから全員が続いた。
隠し部屋だった。
財物はなかった。
棚が四面の壁を埋めていた。
帳簿が並んでいた。
上から下まで、端から端まで、帳簿だった。
背表紙に商会の名前と年数が入っていた。
古いものは革が黒ずんでいた。
新しいものはまだ色が残っていた。
カルロが一冊取り上げて、開いた。
黙った。
ガリルが横から覗いた。
黙った。
「取引の記録だ。金の動きも全部。これを知られたくない人間が、かなりいる」
カルロが帳簿を閉じた。
開いた。
また閉じた。
「持って出ていいのか、これを」
誰も答えなかった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
カルロが顔を上げた。
「待て。これをどう――」
「帳簿の話は俺に聞いても無駄だよ。経済の話に口出しするとポジションが微妙になるしね。体ないけど」
「待機の話が目的だったんじゃないのか」
「連鎖は切れたじゃん。オラニスが動いたし、全員動いたし。あとは自分たちの問題でしょ」
「帳簿を持って出るか置いていくかで揉めてる時間も、待機の一種じゃないか」
「それは俺が解決する問題じゃないよ。中身の問題だから。でも強いて言えば、まず何冊あるか数えた方がいいんじゃない? 全部は持てないでしょ。優先度の高いやつだけ選ぶとしたら最近の年数のやつで――」
「黙れ」
「あ、うん」
「……声の幽霊が、最初から待機の話をしに来たのか」
「違う。たまたま気になったから聞いただけ。たぶん」
カルロが帳簿を持ったまま、部屋の中を見渡した。
困っているのか考えているのかわからない顔だった。
俺は廊下を抜けた。
次なる宿主を求めて。
地下から上に出ると、夜の外気だった。
体がないので感じなかったが、松明の光が届かない分だけ、さっきより暗かった。
「やっぱり俺、循環の発見が得意だわ。全員が別の誰かを待ってたって気づいたのは俺だしね。オラニスが自分で動いたのも、俺が三人に順番で聞いたから構造が見えたからだよ。帳簿の話は完全に予想外だったけど、それはもともと俺の守備範囲外だし。最近の年数から選べって言ったのに黙れって言われたのは納得いかないけど、まあいい。たぶん」
隠し部屋から、かすかに声がした。
カルロとガリルが何かを話している音だったが、内容は聞こえなかった。
反省はゼロだった。
自己評価だけが、帳簿一冊分積み上がった。




