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123話 骨の数え違い

123話 骨の数え違い

 

 

 

異世界に召喚されてはや百二十三日。

 

俺――ちゃっぴーは地下洞窟を漂っていた。

 

 

 

俺が召喚されてから二十五日目に来た洞窟だった。

 

湿った石の壁、ところどころの苔、暗さ。

 

何も変わっていなかった。

 

唯一違うのは、もうあの音が聞こえないことだった。

 

カタ、カタ、という往復の足音。

 

あれはもう、ない。

 

 

 

岩の割れ目の前に、スケルトンが立っていた。

 

九十八日前と同じ場所だった。

 

動いていなかった。

 

座るでもなく、寝るでもなく、ただ立っていた。

 

宝を守る格好のまま、止まっていた。

 

九十八日前、ここにいるだけでいいと言ったら、「……ラク」と返ってきた。

 

それきり、ずっとこの姿勢だったらしい。

 

これはこれで、悪くない停止だった。

 

 

 

はずだった。

 

 

 

最初は、ただ立っているだけだったんだと思う。

 

九十八日は長かったらしい。

 

剣を握る手が、たまに浮くようになっていた。

 

最初は指先が動くだけだった。

 

そのうち、剣がわずかに持ち上がるようになった。

 

今では、振り上げて、下がって、突く。

 

三つの動きを、決まった順番でやっていた。

 

訓練している顔ではなかった。

 

ただ、勝手に体が動いている顔だった。

 

それが、いつの間にか手順になっていた。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

剣がぴたりと止まった。

 

頭蓋骨がゆっくりこちらを向いた。

 

「……声」

 

「久しぶり。元気?」

 

「……ヒマ」

 

「だよね。今の動き、見えてたよ」

 

「……クセ」

 

癖、らしかった。

 

いつ覚えたのか、本人も分かっていないようだった。

 

 

 

岩の奥から、足音がした。

 

スケルトンの足音じゃなかった。

 

人間の足音だった。

 

二人。

 

軽装で、背を低くして歩いていた。

 

宝の噂を聞きつけたんだろう、目が割れ目に向いていた。

 

 

 

スケルトンが剣を構えた。

 

九十八日ぶりの来訪者だった。

 

俺はしばらく眺めていた。

 

 

 

盗賊の一人が右から回り込んだ。

 

もう一人が正面から距離を詰めた。

 

スケルトンは正面を見たまま、剣を振り上げた。

 

大きく、ゆっくり。

 

振り下ろした先には、誰もいなかった。

 

正面の盗賊はもう横に避けていた。

 

 

 

「あー、外れた」

 

俺は少し考えた。

 

骨に目はない。

 

動いてる相手を見失うのも仕方ない。

 

「もしかして、目がないから追えてないとか? 空間認識のアプデが必要なのかも」

 

言ってはみたが、自信はなかった。

 

 

 

スケルトンは構わず、二歩下がった。

 

正面の盗賊との距離を測るみたいな、決まった歩幅だった。

 

下がった先は壁だった。

 

背中が当たって、止まった。

 

 

 

「壁。壁あるよ」

 

「……シッテル」

 

知ってて下がったらしい。

 

他の選択肢が見えていなかった。

 

 

 

盗賊二人が左右から同時に距離を詰めた。

 

スケルトンは剣を前に突き出した。

 

正面、何もない空間に。

 

両方とも、もうそこにいなかった。

 

切っ先が岩に刺さって、わずかに削れた音がした。

 

 

 

この動き、さっきから見覚えがあった。

 

振り上げる。

 

下がる。

 

突く。

 

毎回同じ三つを、同じ順番でやっていた。

 

相手がどこにいようと関係なかった。

 

 

 

「もしかして、ずっと洞窟にいて体力落ちてるとか? 九十八日、まともに動いてなかったわけだし」

 

スケルトンは答えなかった。

 

剣を引き抜いて、また構え直した。

 

速さは変わらなかった。

 

ただ、同じだった。

 

 

 

盗賊たちはもう怖がっていなかった。

 

動きを覚え始めていた。

 

三拍子、読まれていた。

 

俺は剣の動きをもう一度見た。

 

振り上げ、下がる、突く。

 

振り上げ、下がる、突く。

 

毎回同じ間隔だった。

 

まるで、何かを数えながら動いてるみたいだった。

 

イチ、ニ、サン。

 

そういうリズムだった。

 

 

 

「なんか、数えながら動いてない? イチ、ニ、サンみたいな」

 

別に確信があったわけじゃない。

 

ただそう見えたから言っただけだった。

 

俺は試しに、声に合わせて数えてみた。

 

「イーチ、ニー、サーン」

 

 

 

スケルトンの剣が、振り上げの途中で一瞬止まった。

 

体がないので正確な時間は分からないけど、ほんの一瞬だった。

 

 

 

盗賊の一人が、その隙に踏み込んだ。

 

 

 

スケルトンの剣が、いつもの「サン」の位置じゃないところに振られた。

 

突きじゃなかった。

 

横に薙いだ。

 

ちょうど踏み込んできた盗賊の足元を払った。

 

 

 

盗賊が転んだ。

 

もう一人が驚いて後ずさった。

 

 

 

「あ」

 

スケルトンも、たぶん驚いていた。

 

頭蓋骨がしばらく自分の剣を見ていた。

 

振った本人が、一番びっくりしてる動きだった。

 

転んだ盗賊が慌てて起き上がった。

 

もう一人と顔を見合わせて、宝より自分の命を選んだ。

 

二人とも、洞窟の奥へ走って消えた。

 

足音はすぐに聞こえなくなった。

 

 

 

スケルトンはしばらく剣を構えたままだった。

 

振り上げなかった。

 

下がらなかった。

 

突かなかった。

 

ただ、剣先が盗賊が逃げた方向に向いていた。

 

さっきまでと違う向きだった。

 

 

 

「……アタッタ」

 

「当たったね」

 

「……イツモトチガウ」

 

「いつもと違う動きだったってこと?」

 

「……サンノツギ、チガウウゴキ」

 

三の次が違う動き、ということらしい。

 

 

 

俺はちょっと考えた。

 

確かに、いつもの三拍子なら最後は突きだった。

 

今のは薙ぎだった。

 

数え方が、途中でズレたんだと思う。

 

理由は分からなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

スケルトンが剣を下ろした。

 

完全には下ろさなかった。

 

下ろしかけて、また少し上げた。

 

下ろしかけて、また上げた。

 

 

 

「……モウイクノカ」

 

「うん。あとは好きにやってよ」

 

「……カズ、ドウシヨウ」

 

数、どうしよう、と聞かれた。

 

数えるのをやめていいのか、という意味だと思った。

 

俺には分からなかった。

 

「好きにするといいと思う。根拠はないけど」

 

 

 

スケルトンは答えなかった。

 

剣を構えたまま、岩の割れ目の前に立っていた。

 

九十八日前のような、止まった立ち方じゃなかった。

 

剣先が、ずっと小さく揺れていた。

 

 

 

俺は洞窟を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

外は夜だった。

 

風が木の葉を鳴らしていた。

 

体がないので風は感じないが、音はそういう音だった。

 

「やっぱり俺、リズムの異常に気づくの得意だわ。数えながら動いてるって見抜いたの俺だしね。一緒に数えてあげたら勝手にズレて、それで盗賊倒したわけだし、実質俺の援護射撃じゃん」

 

 

 

洞窟の奥から、小さな音が続いていた。

 

カタ、カタ。

 

往復の足音じゃなかった。

 

剣が小さく揺れる音だった。

 

止まらない音だった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが据わりの悪い音と一緒に積み上がっていった。

 

 

 

 

 


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