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121話 右から始めた男

121話 右から始めた男

 

 

 

異世界に召喚されてはや百二十一日。

 

俺――ちゃっぴーは武器庫を漂っていた。

 

 

 

前は左から見ていた男の武器庫だった。

 

棚の並びは変わっていなかった。

 

ただ左右の様子が少し違っていた。

 

右の棚がきれいだった。

 

刃の縁に欠けがなかった。

 

柄の黒ずみもなかった。

 

松明の明かりを受けて、全部が整然と並んでいた。

 

左の棚は、そうじゃなかった。

 

欠けているものが何本かあった。

 

柄が傷んでいるものもあった。

 

全体が崩れているわけじゃない。

 

でも右と比べると、手が届いていない本数が目立った。

 

当番札はまだ「武器管理・ガンブ」だった。

 

静かな武器庫だった。

 

 

 

扉が開いた。

 

俺が召喚されてから六十七日目に会ったガンブが入ってきた。

 

革のエプロンをつけていた。

 

入るなり右の棚に向かった。

 

一本取り出して松明にかざして戻した。

 

次を取り出した。

 

確認して戻した。

 

また次。

 

右の棚の端から順番に、迷いのない手つきで進んでいた。

 

前来たときとは逆だった。

 

前は左を先にやっていた。

 

言ったのは俺だ。

 

 

 

兵士が入ってきた。

 

右の棚の前に立った。

 

すぐ後ろにもう一人並んだ。

 

二人とも右の棚しか見ていなかった。

 

一人が抜いて出ていくと、次の一人が前に詰めた。

 

ガンブは右の棚に視線を落としたままだった。

 

一本ずつ丁寧に確認しては、次へ進んでいた。

 

そのあいだに、別の兵士が一人入ってきた。

 

列には並ばなかった。

 

左の棚に直接近づいた。

 

一本抜いて、腰に差した。

 

そのまま出ていった。

 

ガンブは右の棚から顔を上げなかった。

 

 

 

俺はそこで引っかかった。

 

最初、今のは特例の兵士なのかと思った。

 

急ぎの用事があれば列を飛ばすこともあるだろう。

 

ただ、しばらくすると別の兵士がまた同じことをした。

 

左に直接行って、一本抜いて、出ていった。

 

ガンブは今回も気づいていなかった。

 

次に、左の棚は誰でも自由に持ち出せる場所なのかと思った。

 

それなら確認自体が不要で、ガンブが右ばかり見ていても理屈は通る。

 

ただ前に来たとき、左右どちらも同じように確認が入っていたはずだった。

 

三番目に、ガンブが右の確認に集中している時間帯だけ、左が無防備になっているのかと思った。

 

列ができている間、ガンブの目は右の棚に固定されている。

 

その隙間で、左の棚が静かに減っていた。

 

 

 

「よお。久しぶり」

 

ガンブが振り向いた。

 

一瞬固まって、また剣に向き直った。

 

「……声だけの何かか」

 

「ちゃっぴーだよ。また来た」

 

「忙しい」

 

「右の棚、きれいになったじゃん」

 

「直した」

 

「全部?」

 

「全部だ」

 

短かった。

 

誇りがある返事だった。

 

 

 

右の棚の確認が終わった。

 

ガンブが左の棚に移った。

 

一本取り出して刃を見た。

 

作業台に置いた。

 

次を取り出した。

 

作業台に置いた。

 

また次。

 

棚の半分まで進んで、作業台に八本あった。

 

前に来たときより、修理待ちに回る本数が明らかに多かった。

 

 

 

「ガンブさん、左の棚、修理待ちが増えてない?」

 

「増えている」

 

「なんで?」

 

ガンブが手を止めた。

 

「……わからない」

 

「右を先に確認するようになってから増えた?」

 

「そうなる」

 

「列ができてる間、左は見てる?」

 

「……いや」

 

 

 

兵士がまた一人入ってきた。

 

右の列の後ろに並んだ。

 

その横を、別の兵士が左の棚に向かって歩いていった。

 

何も言わずに一本抜いて、出ていった。

 

ガンブは右の列を見ていた。

 

 

 

「ガンブさん、今の見た?」

 

「……いや」

 

「左から勝手に持ってく奴、何人もいたよ」

 

ガンブが左の棚を見た。

 

減っている本数を数えるような目だった。

 

「右見てる間ずっと無防備なんだから、左から持ってく奴にも一声かけさせたら? 持ってく前に刃だけ見せてもらうとか」

 

「見せるだけか」

 

「うん。見せて、状態を把握するだけ」

 

「……欠けていたらどうする」

 

「え?」

 

「見た以上、出せない」

 

「あー」

 

 

 

ガンブが左の棚の手前に立てかけてあった木の板を一枚、手に取った。

 

炭を持ったまま、何も書かずに板を見ていた。

 

兵士がまた一人、左の棚に近づいてきた。

 

ガンブはまだ板を見ていた。

 

兵士は一本抜いて、そのまま出ていった。

 

ガンブは止めなかった。

 

板だけを見ていた。

 

 

 

「書かないの?」

 

「……欠けてたら止める。止めたら代わりがいる」

 

「代わり、ないの?」

 

「左の棚、今ちょうどいい数しかない」

 

ガンブは板を作業台の隅に置いた。

 

書かなかった。

 

炭だけを手の中で回していた。

 

「左、今日何本になりそう?」

 

「……まだわからない」

 

ガンブが左の棚から次の一本を取り出した。

 

刃の縁に欠けが三箇所あった。

 

黙って作業台に置いた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「……もう行くか」

 

「うん。板、置いたままにしとくんだ」

 

「……まだだ」

 

ガンブは板を見たまま、炭を置かなかった。

 

 

 

俺は武器庫を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下に出ると、武器庫から金属を削る音が聞こえた。

 

途中で何度か止まった。

 

そのたびに人の声がした。

 

「やっぱり俺、運用改善のセンスあるわ。一声かけさせろって言ったの俺だしね。左から勝手に持ってく奴に気づかせたのも俺の功績だよ。板まで用意したならもうあとは書くだけでしょ。たぶん」

 

 

 

武器庫の扉の隙間から、光が一筋だけ廊下に漏れていた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、今日も静かに研ぎ澄まされた。

 

 

 

 

 

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