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120話 迷いの重さ

120話 迷いの重さ

 

 

 

異世界に召喚されてはや百二十日。

 

俺――ちゃっぴーは城門前を漂っていた。

 

 

 

門が軋んでいた。

 

外側から何かがぶつかる音がした。

 

ドン、と一拍置いて、またドン。

 

一定の間隔だった。

 

門の上では兵士が矢を放ち、石を落としていた。

 

怒声と指示の声が飛び交っていた。

 

体がないので衝撃は伝わらないが、空気の震え方で激しさがわかった。

 

門の外には大きな槌が見えた。

 

盾を構えた一団がそれを抱えて打ち付けていた。

 

壁際には梯子を掛けようとする影もあった。

 

静かじゃない城門前だった。

 

 

 

門の脇、石の櫓の陰に男が一人いた。

 

重い装備を抱えていた。

 

クロスボウだとわかった。

 

見覚えのある抱え方だった。

 

 

 

別の兵士が駆け寄ってきた。

 

「まだ無理か」

 

男が首を振った。

 

兵士はまた駆けていった。

 

同じやり取りが、少し経ってもう一度あった。

 

声のトーンが、二度目は少し荒くなっていた。

 

 

 

男が櫓の角から半身を出した。

 

外を覗き、クロスボウを構えかけた。

 

構えかけて、止めた。

 

角の裏に戻った。

 

また顔だけ出して、また戻った。

 

三度目も同じだった。

 

同じ動きが、数えるのもばかばかしいくらい続いた。

 

矢も弦の音も、まだ一度も飛んでいなかった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

弦の張り方が甘いのかもしれない、と思った。

 

重い装備のせいで構えそのものが安定しないのかもしれない、とも思った。

 

どちらにしても、構えるところまでは毎回行けている。

 

止まるのはいつも同じ場所だった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

男が振り向いた。

 

誰もいないとわかると、また外を見た。

 

「……またお前か」

 

「俺だよ。ちゃっぴー。元気? あれから別の場所からも撃てるようになった?」

 

「それは関係ない」

 

「今、全然撃ってないじゃん」

 

 

 

男が黙った。

 

名前を聞かなくてもわかった。

 

俺が召喚されてから七十八日目に城壁で位置の話をした狙撃手のハインだった。

 

今日は城壁の上じゃなくて、城門の脇にいた。

 

 

 

「弦、緩んでる?」

 

「整えてある」

 

「照準がズレてるとか?」

 

「合わせてある」

 

「敵、遠すぎる?」

 

「距離は十分だ」

 

「風、強い?」

 

「弱い」

 

「矢、何本残ってんの?」

 

「十分にある」

 

断言が五回続いた。

 

俺の読みが五回外れた。

 

 

 

男がまた顔を出した。

 

今度は長く外を見ていた。

 

クロスボウを構え、狙いを定めた。

 

弦に指をかけた。

 

そのまま、放たなかった。

 

 

 

「ちょっと待って、今ちゃんと狙ってたじゃん。なんで離さないの」

 

「……まだだ」

 

「何がまだなの?」

 

「外したら、次がない」

 

「外さなければいいじゃん」

 

「外さない保証がどこにある」

 

男が片手を上げかけた。

 

合図のつもりらしかった。

 

途中で下ろした。

 

 

 

ここで俺は前のことを思い出した。

 

二年間同じ場所を使っていたら読まれた。

 

場所を変えたら連絡網が崩れた。

 

あの話とは少し違うけど、根っこは近い気がした。

 

「誰狙うか決めてない?」

 

男が止まった。

 

答えなかった。

 

それ以上は何も言わなかった。

 

 

 

門の外で音が変わった。

 

ドン、の間隔が短くなった。

 

急いでいる音だった。

 

門の上から誰かが叫んだ。

 

「あと数発で抜かれる!」

 

 

 

男がまた覗いた。

 

構えた。

 

狙った。

 

止まった。

 

 

 

俺はまだ言いたいことがあった。

 

「あとさ、思ったんだけど――」

 

そのとき、門がひときわ大きく軋んだ。

 

槌が、一段強く打ち込まれた音だった。

 

男の指が震えた。

 

弦が外れた。

 

 

 

ボルトが飛んだ。

 

外の音が変わった。

 

ドン、が止まった。

 

何か重いものが地面に倒れる音がした。

 

 

 

「……当たった」

 

「当たったね」

 

門の上から声が上がった。

 

「槌の連中が崩れた!」

 

その声に重なって、別の方向から怒声が上がった。

 

「左、梯子だ! 上らせるな!」

 

槌の音は止まったままだった。

 

代わりに、別の音が増えていった。

 

 

 

男がクロスボウを下げた。

 

当てた顔と、まだ信じていない顔が混ざっていた。

 

弦を握る指がまだ少し震えていた。

 

 

 

矢が降ってきた。

 

何本か、櫓の角に当たって跳ねた。

 

男が盾の陰に身を引いた。

 

「……位置が割れた」

 

「割れたね」

 

「あれだけ気にしてたのに」

 

「気にしてた分、今ので一気に割れたんじゃない?」

 

男は答えなかった。

 

矢が続けて降ってきた。

 

門の上で誰かが盾を持って駆け寄ってくる音がした。

 

別の声が飛んだ。

 

「狙撃手、下がれ!」

 

男は下がらなかった。

 

クロスボウを構え直した。

 

複雑な姿勢だった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「待て、今のは――」

 

「槌の方は止まったじゃん。あとは任せた」

 

男が何か言いかけて、矢の音にかき消された。

 

返事は聞こえなかった。

 

 

 

俺は城門前を離れた。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

門の向こうで、ドン、という音はもう聞こえなかった。

 

代わりに矢の音と盾を構える音が続いていた。

 

「やっぱり俺、戦場でも仕事できるタイプだわ。なんかいろいろ聞いてる間に当たったし。槌の連中、崩れたし。たぶん俺が何か関係してると思う。風のことも聞いてあげたしね」

 

 

 

石組みの奥から、低い振動が伝わってきた。

 

さっきよりも、近かった。

 

槌の音ではなかった。

 

数が増えている響き方だった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、何かが大きく崩れた分だけ軽くなっていた。

 

 

 

 

 

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