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116話 いつもの順番

116話 いつもの順番

 

 

 

異世界に召喚されてはや百十六日。

 

俺――ちゃっぴーは薬師の研究室を漂っていた。

 

 

 

壁一面に棚があった。

 

瓶や乾燥した薬草が、整然と並んでいた。

 

作業台も以前よりずっと広かった。

 

隅に小さな蒸留鍋が置かれていて、下から火にかけられていた。

 

薄く湯気が立っていた。

 

棚の端には、見覚えのない巻物や計量器具も増えていた。

 

籠ひとつで仕分けていたあの部屋とは、明らかに違っていた。

 

体がないので匂いはわからないが、整った部屋の気配だけはわかった。

 

 

 

静かな研究室だった。

 

静かなはずだった。

 

 

 

机の前には、俺が召喚されてから七十七日目に会った薬師、ミレスがいた。

 

棚から瓶を一本取って、確かめるように傾けてから、隣の棚に移していた。

 

次の瓶も、同じように傾けてから、同じ場所に置いた。

 

三本目も、同じだった。

 

四本目以降は、もう数えるのをやめた。

 

瓶の数だけ、同じ動きが積み重なっていった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

動きは速かった。

 

迷いがなかった。

 

ただ、右の棚の瓶の並びが、だんだん窮屈になっていた。

 

新しい瓶を置く隙間を探して、無理に押し込んでいた。

 

 

 

これ、前の籠のときと同じパターンだと思った。

 

同じ瓶を何度も持ち直す、あのやつだ。

 

そう思って数えてみたが、同じ瓶を二度取ることはなかった。

 

一本ずつ、ちゃんと一回で運んでいた。

 

違う問題だった。

 

 

 

じゃあ棚が足りないのかと思った。

 

見回すと、左の棚にはまだ空きがあった。

 

場所はあるのに、押し込む先はいつも同じ三カ所だった。

 

場所の問題でもなかった。

 

 

 

「よお。ちょっといい?」

 

ミレスが手を止めた。

 

瓶を持ったまま振り返った。

 

「……また来たのか」

 

「また俺だよ。籠の話と、瓶の話をした声」

 

「覚えている。研究室をもらってからは初めてだな」

 

「研究室、もらったんだ。すごいじゃん」

 

「ひと月前だ」

 

「瓶、なんでいつも同じところに詰め込んでるの?」

 

ミレスが棚を見た。

 

「区分けはしている」

 

「どうやって?」

 

「一番、二番、補助。前に決めた通りだ」

 

「それ、まだ三つしかないの?」

 

「変える理由がなかった」

 

「でも種類増えてるじゃん」

 

「増えた」

 

「区分けは変えてない」

 

「変える理由がなかった」

 

 

 

俺は少し考えた。

 

種類は増えている。

 

区分けは増えていない。

 

増えた分は、無理やり同じ三つのどこかに押し込まれている。

 

押し込まれた瓶は、本当はどこにも当てはまっていない。

 

 

 

「てかさ、三つの区分けって元々籠が三つだった頃の数だよね? 瓶の数増えてるなら区分けも増やした方がよくない? あと火にかけてる鍋、あれ何の実験? 蒸留なら温度管理も気になるし、俺的には区分けを効能じゃなくて使う頻度で分けるのもありだと思うんだけど、あと棚の高さも統一されてないから取りやすさが変わってくるし、ラベルの文字サイズも見やすさに関係してくるし、あと薬草の鮮度も種類ごとに違うはずだから、そっちの管理方法も別で考えた方がいいと思うんだけど――」

 

「わかった」

 

ミレスが手を上げた。

 

「一個だけ聞く。区分け、増やすべきか」

 

「増やせばいいんじゃない? 元の数のままなのが気になっただけ」

 

「……考える」

 

 

 

ミレスが棚から瓶を全部出した。

 

机に並べて、効能ごとに分け直していった。

 

一番、二番、補助の他に、新しく二つ増やした。

 

五つになった。

 

一本ずつ、迷わず分かれていく。

 

さっきまでの詰め込みが消えていった。

 

 

 

「……速い」

 

「でしょ。数が合ってなかったんだよ、たぶん」

 

棚の整理が終わって、ミレスが顔を上げた。

 

いつもの位置に向かって、鍋を見に行った。

 

いつも、瓶を仕分けた後に鍋を見る。

 

順番は変えていなかった。

 

 

 

鍋から煙が上がっていた。

 

蓋がカタカタ揺れていた。

 

隙間から茶色い液体が溢れて、台の上に広がっていた。

 

「……あ」

 

ミレスが鍋に駆け寄って、火から外した。

 

「いつも瓶の後に鍋を見る。今日もそうした」

 

「いつもと同じにしたんだね」

 

「同じにした。今日の根は早く煮えるのに、いつもの作業の後に見に行った」

 

「げ、なんか焦げてるじゃん」

 

「……いつもの手順でやった結果だ」

 

「できたものはいつものじゃなくなっちゃったね」

 

 

 

ミレスは答えなかった。

 

鍋を片付け始めた。

 

複雑な顔だった。

 

整理が早くなった顔と、鍋を見る顔が、まだ繋がっていないみたいだった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

ミレスが手を止めて顔を上げた。

 

「……もう行くのか」

 

「うん。区分け、自分で決めて」

 

「……そうする」

 

短い返事だった。

 

鍋の焦げた跡を、布で擦っていた。

 

 

 

俺は研究室を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

廊下はひんやりしていて、窓から薄い光が差し込んでいた。

 

瓶の触れ合う音が、奥からまだ聞こえていた。

 

「やっぱり俺、仕組みの更新を見抜く能力高いわ。区分けの数が昔のままだって気づいたの俺だしね。前に籠三つで分けろって言ったの俺だから、瓶が増えたら区分けも増やすべきって、発展形で気づけたわけで、これは前回の俺の功績の続きでもあるんだよね。鍋が焦げたのは、いつもの手順を守った結果らしいから、それはミレスの手順の問題で俺は関係ない。たぶん」

 

 

 

廊下の奥から、何かを擦るような音がまだ続いていた。

 

焦げた空気の気配が、うっすら漂っている気がした。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、研究室ひとつぶん広くなっていた。

 

 

 

 

 

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