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115話 重なる矢

115話 重なる矢

 

 

 

異世界に召喚されてはや百十五日。

 

俺――ちゃっぴーは見張り台を漂っていた。

 

 

 

城壁の上に、木組みの台がいくつも並んでいた。

 

下の方から、地面を引っ掻くような音と悲鳴じみた声が響いていた。

 

夜だった。

 

篝火が城壁沿いに焚かれて、炎が外まで薄く届いていた。

 

外には魔物が群れていた。

 

太い足のようなものを城壁に何本も引っ掛けて、這い上がってきていた。

 

矢を放つ音が、あちこちで鳴り続けていた。

 

怒鳴り声と命令の声が交差していた。

 

誰かが矢が切れたと叫び、誰かがまだあると答えていた。

 

静かな見張り台じゃなかった。

 

 

 

弓を構える人影があった。

 

引きも、構えも、形になっていた。

 

見覚えのある構えだった。

 

近づくと、俺が召喚されてから五十一日目に会ったレンだとわかった。

 

弓を持つ手の位置が、前に見た時よりずっと低くなっていた。

 

構えが板についていた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

矢が次々に放たれていた。

 

外していなかった。

 

一本だけ、軌道がぶれたように見えた瞬間があった。

 

でも的にしていた魔物は、それより先に別の矢で崩れて落ちていた。

 

隣の射手の矢だった。

 

「あ、また指の問題かと思ったけど」

 

的の方が先に落ちてただけだった。

 

外したわけじゃなかった。

 

 

 

次に台の端を見た。

 

レンは中央近くに立っていた。

 

端には寄っていなかった。

 

下も時々見ていた。

 

矢を放つたびに、軸足の位置も変えていた。

 

「死角の話はもう大丈夫そうだね」

 

前に教えたやつがまだ残ってるんだと思うと、ちょっと誇らしかった。

 

でも、別の何かが引っかかっていた。

 

 

 

城壁の右、太い足が一本、何度も這い上がろうとしていた。

 

潰れても、すぐにまた這い上がってきた。

 

レンと、隣に立つ若い射手が、同じそこへ矢を集めていた。

 

二人とも、同じ場所だけを撃っていた。

 

矢が重なって刺さっていくのが、遠目にもわかった。

 

レンの目が、一度だけ城壁の左の隅へ動いた。

そこにも何か動いている気がした。

 

でも右から音が鳴って、視線はすぐ戻った。

 

もう一度、左へ目が動いた。

 

今度は短かった。

 

すぐ戻った。

 

体はまだ右を向いたままだった。

 

三度目は、ほとんど動かなかった。

 

目の端が揺れただけだった。

 

左の隅は、誰も見ていなかった。

 

 

 

「よお、ちょっといい?」

 

レンが矢をつがえながら、声だけで応えた。

 

「……今は無理だ」

 

「忙しいのは見えるけど、ちょっとだけ。今の引き、前よりだいぶ安定してるね。あと矢筒の角度、もう少し外に向けると次の矢を取るのが速くなる気がする。あと風、右から左に流れてるから――あと声を出しながら撃つと号令が揃って統率感が出る気がするんだけど――」

 

「黙ってろ」

 

レンが短く言った。

 

矢を放った。

 

当たった。

 

俺はまだ言いたいことが残っていたけど、一旦黙った。

 

「いや今のは別にいい。てかさっきの足、もう何本刺さってる?」

 

「数えてない」

 

「結構刺さってるよ。隣の人と同じところ撃ってない?」

 

レンが一瞬、隣の射手を見た。

 

隣の射手も、同じタイミングでレンを見た。

 

何も言わなかった。

 

けれど、二人とも同じ場所を見ていた。

 

 

 

「で、左の隅、見た?」

 

「……」

 

「さっきから目だけ動いて、戻ってるじゃん」

 

レンが矢を放った。

 

放ってから、初めて左を見た。

 

長く見た。

 

左の隅、城壁の陰になっている場所に、別の足が一本かかっていた。

 

誰も撃っていなかった。

 

 

 

「……いつからあった」

 

「俺が来た時にはもうあったと思うよ。たぶん」

 

レンが隣の射手に短く何か言った。

 

声は俺には聞こえなかったが、隣の射手の弓がすぐに左へ向いた。

 

レンは右へ戻った。

 

 

 

隣の射手の矢が、左に集中した。

 

レンの矢は、右へ飛び続けた。

 

足が一本、ぐらついて、落ちた。

 

後ろで誰かが声を上げた。

 

「いつから左も射てるんだ」

 

指揮官らしい男だった。

 

顔に煙がかかっていて、表情まではよく見えなかった。

 

「……さっきからです」

 

レンが短く答えた。

 

振り返らなかった。

 

 

 

右にも左にも、矢が飛ぶようになった。

 

代わりに、矢筒の中身が両方とも早く減っていった。

 

レンが矢筒に手を入れて、底を探るような動きをした。

 

残りはあと数本だった。

 

隣の射手も同じ動きをしていた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「もう行くのか」

 

「うん。あとは数えながら撃ったほうがいいと思う」

 

レンは答えなかった。

 

矢をつがえて、また左を見た。

 

 

 

俺は見張り台を離れた。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

下の方で、矢筒を取り替える金属の音がした。

 

炎が壁沿いで揺れて、熱がそちらの方向だけ強くなっている気がした。

 

重いものが城壁にぶつかる振動も伝わってきた。

 

「やっぱり俺、戦況の可視化が得意だわ。何本刺さってるか聞いただけで、左の足に気づかせたの俺じゃん。前に端に寄りすぎるなって言ったのも俺だから、今回中央にいたのも実質俺の功績だよ。指の話も、死角の話も。今日は三日分働いたことになるかもしれない。たぶん。あと風の話も最後まで聞いてくれたら、もっと当たってたと思うけどね。体ないけど」

 

 

 

遠くで、矢筒に矢を戻す音がした。

 

さっきよりも、音の間隔が空いていた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが戦況より早く積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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