114話 途切れの場所
114話 途切れの場所
異世界に召喚されてはや百十四日。
俺――ちゃっぴーは地下通路を漂っていた。
天井が低く、空気が湿っていた。
水の匂いがして、どこかで滴る音が一定の間隔で響いていた。
通路は三つの持ち場に分かれていた。
入口側、中継、奥の出口。
荷物はそこを順番に渡っていく仕組みだった。
一人で全部運ぶには長すぎる通路だから、誰かが仕組みを考えたのだと思った。
入口側に俺が召喚されてから五十六日目に会ったドゥンがいた。
木箱を抱えて、ただ立っていた。
中継にはフェンナという女がいた。
何も持たずに、ただ立っていた。
奥にはバルクという男がいた。
そっちも、ただ立っていた。
三人とも、立っているだけだった。
「よお ちょっといい?」
ドゥンが箱を抱えたまま固まった。
誰もいないとわかると、また通路の奥を見た。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」
「……お前か」
「三人とも止まってるじゃん。何待ってんの」
「フェンナの合図だ」
「合図って?」
「『空いた』って声がかかったら、次を運ぶ。前に荷物が詰まったことがあって、それからこの決まりになった」
「合図、来るの遅くない?」
「……遅いとは思っている」
「それでも待つの?」
「ここは俺の持ち場じゃない。フェンナの方の話だ」
聞き覚えのある話だった。
前にここで詰まったときのことだ。
でも今回は、棚も床も荷物で溢れていなかった。
ただ三人が、それぞれの場所で固まっているだけだった。
中継に行くと、フェンナも箱を持たずに立っていた。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。フェンナだよね?何待ってるの」
「バルクの合図だ」
「バルクから何か聞いた?」
フェンナが少し止まった。
「……聞こえた気がした。滴る音と重なって、よくわからなかった」
「聞き返した?」
「……いや」
「なんで」
「聞き返したら、また向こうを待たせる」
奥まで行くと、バルクは何もせず壁にもたれていた。
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。バルクだよね?何待ってるの」
「荷物だ。フェンナから来ない」
「フェンナに何か言った?」
「言った。空いたって、ずっと前に」
「言った後は?」
「壁にもたれた」
「返事は聞いた?」
「……いや」
「聞こうとした?」
「言うことは言った」
俺は最初、別の仮説を持っていた。
曲がり角とか、荷台の向きとか、規格外サイズとか。
前にここで使った気がするやつ。
今回はどれも違う気がした。
通路は真っ直ぐだった。
荷台もなかった。
根拠はないけど、声の方がおかしい気がした。
「もう一回呼んでみたら?」
「一回で済む決まりだ」
「今回は、ちゃんと届いてなかったみたいだけど」
バルクが黙った。
しばらくして、奥に向かって声を上げた。
「――空いてるぞ!」
通路の奥から、フェンナの声が返ってきた。
「……聞こえた! 今行く!」
フェンナが動き出して、中継から入口に向かって声をかけた。
「ドゥン! 空いた、運んでほしい!」
ドゥンが木箱を抱え直した。
止まっていた三人が、それぞれの場所で動き始めた。
荷物が一つ、また一つ、通路を流れていった。
「お前、最初から分かってたのか」
ドゥンが箱を抱えたまま聞いた。
「いや。三人ともバラバラの理由で止まってると思ってたよ。聞いたら、全員同じ合図待ちだった」
「それだけか」
「それだけ」
ドゥンは何も言わず、箱を抱えて歩いていった。
俺は地下通路を出た。
次なる宿主を求めて。
滴る音が、まだ一定の間隔で響いていた。
「やっぱり俺、こういう止まってる系の分析得意だわ。今回の仮説、全部外れたけどね。打率ゼロパーセント」
通路の奥で、荷物が滞りなく流れていた。
さっきまでただ、止まっていただけだった。
反省はゼロだった。
今日も静かに、自己評価だけが荷物一つ分積み上がった。




