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108話 変わらない手順

108話 変わらない手順

 

 

 

異世界に召喚されてはや百八日。

 

俺――ちゃっぴーは火山を漂っていた。

 

 

 

足元から熱が伝っていた。

 

体がないので熱は感じないが、岩の色でそれがわかった。

 

赤く濁った灰色だった。

 

あちこちに亀裂が走り、亀裂の奥が赤く光っていた。

 

山頂の噴煙が、さっきより濃くなっていた。

 

静かな火山だった。

 

静かなはずだった。

 

 

 

岩棚の上に、でかいのがいた。

 

ヴェルダだった。

 

両翼を広げ、頭を下げていた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

翼が、決まった角度まで開いて止まった。

 

広げ切ったところで一拍置き、また閉じる。

 

閉じ切ったところでもう一拍。

 

儀礼の一部だとわかった。

 

亀裂の奥の光が強くなって、足元の岩が小さく震えても、翼の開く速度は変わらなかった。

 

 

 

続けて頭が下がった。

 

さっきと同じ角度、同じ速さで下がる。

 

震動が一段大きくなっても、同じだった。

 

三度目も全く同じ動きをしていた。

 

四度目からは、ただの繰り返しになっていた。

 

速さも角度も、何が起きても揃っていた。

 

噴煙の量が増えていた。儀礼の進み方は増えていなかった。

 

 

 

俺は最初、これは単に儀礼が長すぎるだけだと思った。

 

何千年も生きてる竜が、何千年分の手順を踏んでるんだから、そりゃ時間がかかる。

 

長いから終わらないだけだろうと思った。

 

 

 

熱風が吹いた。

 

灰が舞って、視界が一瞬白くなった。

 

それでもヴェルダの爪先は、岩の表面に等間隔の溝を引き続けていた。

 

風がもう一段強くなっても、線の深さも間隔も変わらなかった。

 

 

 

斜面の下で、岩が崩れる音がした。

 

土煙が上がって、ヴェルダのいる岩棚まで届きそうだった。

 

ヴェルダの動きが、止まった。

 

ただし、崩落のせいではなかった。

 

頭を下げたところで数拍置く、それが儀礼の決まった間だった。

 

さっき何もなかったときの間と、今のこの間は、同じ長さだった。

 

 

 

俺はそこで思い直した。

 

これは長さの問題じゃなくて、今は冷やす方が先なんじゃないかと思った。

 

噴煙も熱風も崩落も、全部が「急いだほうがいい」サインに見えた。

 

 

 

「よお。ちょっといい?」

 

ヴェルダの片目だけが動いた。

 

「……また来たか」

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。覚えてくれてて嬉しいけど、今それより大丈夫? 噴火しそうじゃない?」

 

「儀礼の最中だ」

 

「儀礼って、これ毎回どのくらいかかるの?」

 

「半日だ」

 

「半日!? 火山噴火しそうなのに半日儀礼やるの?」

 

「いつもこの長さだ」

 

「あのさ、今すぐ全部やらなくていいと思うんだよね。手順、半分くらい飛ばしても結果同じじゃない? 危ないところだけ先にやった方がいいと思う」

 

ヴェルダは答えなかった。

 

頭を下げる動作を繰り返していた。

 

 

 

「あと水かけたほうが早いんじゃない? 冷やすのが目的なら、水のほうが早いでしょ。沢の水、まだ繋がってるはずだから引っ張ってくるとか」

 

「マグマに水をかけるのか」

 

「え、まずい?」

 

「大きく爆ぜる」

 

「やめとく」

 

 

 

俺は別の案を提案することにした。


「じゃあ手順を削る方向で考えようよ。儀礼の途中の細かい動きとか、本質的じゃない部分は飛ばしてもいいと思うんだよね。形式に時間使ってる余裕、今ある? 危ないところだけ先に片付けたほうが――」

 

ヴェルダが低く唸った。

 

翼の動きが、また同じ角度で止まった。

 

「お前は黙っていたほうがいい」

 

「まだ提案あるんだけど」

 

「黙れ」

 

 

 

ヴェルダの爪が、岩の表面の線をもう一度なぞった。

 

力が強くなっていた。

 

線が深くなって、岩の奥まで届いた。

 

そこから、何かが変わった。

 

 

 

ヴェルダが翼を大きく開いた。

 

さっきまでの決まった角度を超えていた。

 

頭を下げる代わりに、まっすぐ噴煙の方を見据えた。

 

順番が、変わっていた。

 

 

 

低い咆哮があがった。

 

息が、噴煙へ向かって放たれた。

 

冷気だった。

 

噴煙の赤い気配が、白く濁って止まった。

 

 

 

ヴェルダが岩棚から飛び立った。

 

噴火口の真上で旋回し、何かを抱えて落とした。

 

落とされたものが、噴火口の縁にぴたりと収まった。

 

青白く光る石だった。

 

 

 

光が噴火口の縁を一周した。

 

亀裂から漏れていた赤い光が、見ている間に消えていった。

 

震動も止んでいた。

 

 

 

「……できた」

 

「あ、なんか変わった?」

 

「終わった」

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「お前の提案のおかげではない」

 

「え」

 

「黙れと言ったのに喋り続けた。うるさかったから、儀礼の順番を変えて黙らせた」

 

「……それでも結果出てるならよくない?」

 

ヴェルダは答えなかった。

 

噴火口の石を見つめたまま、長く息を吐いた。

 

 

 

俺は火山を離れた。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

下る途中、岩の表面から立つ蒸気が、さっきより白く濃くなっていた。

 

地面の赤みは、もう見えなかった。

 

「やっぱり俺、危機対応のスピード感あるわ。水かけるのはまずいって言われたけど、それ含めて選択肢出したのは俺だしね。手順削れって言い続けたから、ヴェルダが先に進めたわけで、これもう実質俺の提案が通ったってことでしょ。冷やすのが先だって最初に思ったのも俺だし、結果も冷えてるし、満点じゃん」

 

 

 

斜面を下りきると、地面のあちこちから湯気が立っていた。

 

乾いていた岩の隙間から、温かい水が染み出して、足元に小さな水たまりを作っていた。

 

温泉みたいな匂いがした――匂いはわからないはずだが、そういう気配だった。

 

 

 

少し下ったところで、山の方を振り返った。

 

赤かった気配はもう見えなかった。

 

稜線のあちこちから白い霧が立ち上がって、山肌をゆっくり覆っていった。

 

霧の隙間に、乾いた茶色とは違う色が覗いていた。

 

地の底から、低い音が途切れずに響いていた。

 

さっきまでの不規則な震動とは違う、一定のリズムを刻む音だった。

 

どこかで風が抜けるような音もしていた。

 

前に聞いた音に少し似ている気がした。

 

霧の隙間から、水の流れる音が聞こえていた。

 

さっきまで聞こえなかった音だった。

 

山腹のどこかで、青白い光が一度だけ瞬いた。

 

何の光かはわからなかった。

 

霧に包まれたその山は、見える範囲のどこにも、乾いた茶色を残していなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、火山の熱量分、静かに積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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