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107話 長すぎる手直し

107話 長すぎる手直し

 

 

 

異世界に召喚されてはや百七日。

 

俺――ちゃっぴーは古代遺跡を漂っていた。

 

 

 

昨日できた縦穴を下った先だった。

 

石造りの通路が続いていて、壁に古い文字が刻まれていた。

 

読めなかった。

 

読めるかどうかを判断する目もないので、最初からどうでもよかった。

 

 

 

通路の先に、広い空間が開けていた。

 

天井が高く、柱が等間隔で並んでいた。

 

柱の根元から、淡い光が漏れていた。

 

光の元をたどると、壁の低い位置に、小さな弁のような装置が埋め込まれていた。

 

そこから細い水が流れ出していた。

 

昨日の洞窟で見た水を思い出した。

 

 

 

静かな遺跡だった。

 

静かなはずだった。

 

 

 

弁の前に、でかいのがいた。

 

ヴェルダだった。

 

体を弁に寄せて、前脚の爪先だけを慎重に弁の表面へ当てていた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

爪先が弁の縁をなぞった。

 

一カ所をこすり、止まり、また同じ場所をこすった。

 

爪先に灯っていた光が、こするたびに強さを変えていく。

 

最初は淡かった光が、二度目には濃くなり、三度目にはくっきりとした筋になって弁の表面に焼き付いた。

 

 

 

俺はそれを見て、故障箇所を探してるんだと思った。

 

本体のどこかに不調があって、確認のために同じ場所を繰り返し触っているのかもしれない。

 

古代竜は意外と几帳面なところがあるみたいだった。

 

 

 

爪がもう一度同じ場所に触れた。

 

今度は光が消えずに残った。弁の縁が、わずかに盛り上がっていた。

 

 

 

弁の光が強くなるにつれて、奥の柱に細い線が走った。

 

最初は一本だった。

 

ヴェルダが爪を弁に押し当てるたび、線がもう一本増えていく。

 

柱の表面が、薄紙を裂くような音を立てた。

 

 

 

点検作業の途中で、機器の限界を確かめてるのかもしれないと思って気にしなかった。

 

古代竜なら遺跡の構造くらい把握済みで、多少の負荷試験は計算の上なのだろう。

 

三百年も足元を見ずに地平線を眺めていた竜だ。

 

今日もこのくらいの時間をかけるのは、きっと想定の範囲内だと思う。

 

 

 

柱のひびが、根元から少しずつ上へ伸びていった。

 

 

 

ヴェルダの体がさらに弁へ寄った。

 

低く唸ると、弁の周囲の石が内側へわずかに引き込まれた。

 

一カ所だけが、やけに整っている。

 

磨かれたように滑らかで、隙間がなかった。

 

そのぶん周りの石組みが歪んで、互いを押し合うように寄っていた。

 

天井の柱が、わずかに内側へ傾いていた。

 

 

 

「よお。ちょっといい?」

 

ヴェルダの爪が止まった。

 

「……お前か」

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。昨日も会ったね。もう覚えてくれた?」

 

「忘れようと努力した」

 

「ひどいな」

 

 

 

俺は気を取り直してヴェルダに質問した。

 

「てか今、何してるの?」

 

「弁の調整だ」

 

「調整って、さっきからずっと同じ場所触ってるよね。さっきより光増えてない?」

 

「増えている。まだ足りない」

 

「足りないって、何が基準?」

 

「完全に水を止める」

 

 

 

「止まったかどうか、確認しながらやってる?」

 

「水量は見ている」

 

「水量だけ? 弁の周りのひびは見てる?」

 

 

 

ヴェルダの目が、初めて弁から動いた。

 

柱を見た。

 

ひびを見た。

 

また弁に戻った。

 

「……前からあった」

 

「さっき増えてたと思うけど」

 

ヴェルダは答えなかった。

 

また爪先を弁に当てた。

 

 

 

「あのさ、こういう装置っていきなり強化するんじゃなくて、定期的な保守計画を立てた方がいいと思うんだよね。今日やって終わりじゃなくて、来週も来月も同じ場所を見て、劣化の進み方を記録していく。あと点検の手順も決めといた方がいい。気になった場所だけ強める、っていうのを繰り返してると、見てない場所がどんどん後回しになるから――」

 

爪先が、また弁に光を送り込んだ。

 

弁の縁が、もう一段盛り上がった。

 

「あとさ、これだけの出力を出せる装置なら、絶対どこかに非常停止装置があるはずなんだよね。緊急停止用のレバーとか、止める専用の魔法陣とか。なかったら今から俺が設計の方向性だけ提案するけど。出力が想定を超えたら自動で切る仕組み、古代の遺跡なら設計段階で絶対考えられてるはずで――」

 

「そんなものはない」

 

「え、本当に? 古代文明だよ? 絶対あるでしょ。たとえばその柱の根元、変な凹みあるじゃん。それとか怪しくない?」

 

 

 

ヴェルダの視線が、凹みに向いた。

 

一瞬だけそこを見た。

 

次の瞬間、弁の奥、積まれた瓦礫の隙間へ視線が移った。

 

何かに気づいた目だった。

 

 

 

ヴェルダが弁から離れた。

 

瓦礫の隙間に爪を差し込んで、何かを引き出した。

 

古い金属の柄だった。

 

レバーだとわかった。

 

表面に埃がこびりついていて、長い間誰にも触れられていなかった。

 

 

 

「……これは」

 

「何それ」

 

「停止用だ。思い出した」

 

ヴェルダがレバーを握った。

 

一度動きを止めると、もう一度握り直した。

 

引いた。

 

 

 

低い音が遺跡全体に響いた。

 

弁の光が、一気に落ちた。

 

柱のひびが、それ以上伸びなかった。

 

歪んでいた石組みが、わずかに戻った。

 

 

 

弁の中心、磨かれていた場所に、小さな結晶が浮き上がってきた。

 

透明で、芯の通った光を内側に揺らしていた。

 

結晶はそのまま弁の中央へ収まって、動かなくなった。

 

 

 

「……魔力結晶か。それも、かなり純度が高い」

 

「あ、なんか変わった?」

 

「変わった」

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「……お前のおかげではない」

 

「でも非常停止装置の話したじゃん」

 

「凹みの予想は外れていた。弁の奥の瓦礫の隙間に気づいたのは私だ」

 

「……まあ結果が出てるならいいよ」

 

ヴェルダは何も言わなかった。

 

結晶の光を見ていた。

 

結晶を見たまま動かなかった。

 

 

 

俺は古代遺跡を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

通路の奥から、水の音が小さく響いていた。

 

さっきまでより、静かな音だった。

 

「やっぱり俺、ファシリテーション能力あるわ。非常停止装置の話をしたから気づいたわけで、凹みの指摘が外れてても、視線を動かすきっかけにはなったんだから、トリガーは俺でしょ。きっかけを作ったのは俺だから実質俺の手柄。結晶も動かなくなったし、これもう保守点検アドバイザーとしての完全勝利じゃん」

 

 

 

遠くから、低い熱の気配がした。

 

結晶のあった方向の壁を伝って、小さな震えが届いた。

 

さっきの停止音とは違う、もっと奥の方で、何かがゆっくり呼吸を始めたような響きだった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価だけが、結晶の純度分、静かに積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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