104話 出られない理由
104話 出られない理由
異世界に召喚されてはや百四日。
俺――ちゃっぴーは城門の前を漂っていた。
石造りの門だった。
両側に壁が続いていて、外への道が一本あった。
昼間だった。
人の出入りがある時間帯だとわかった。
ただ今は出入りが止まっていた。
城門の前に人が固まっていた。
商人らしき男が一人、荷車の横に立っていた。
荷車には布が積んであった。
その陰に、子供が二人しゃがんでいた。
迷い込んだのか、隠れたのか、どちらかだった。
門の外、道の真ん中に、武装した男が一人立っていた。
剣を抜いていた。
どこかの落ち武者か、ならず者か、判断がつかなかった。
ただ剣を抜いて立っていた。
それだけで十分だった。
門柱の脇に、見覚えのある背中があった。
全身を金属板で包んだ男だった。
俺が召喚されてから四十二日目に会ったグラドだった。
盾を構えていた。
動いていなかった。
「よお」
グラドが振り返った。
兜の中で目が動くのがわかった。
「……また来たか」
「また来た。なんで止まってるの」
「止まっていない。見ている」
「どのくらい見てる?」
グラドが黙った。
答えが出なかった。
外の男は剣を抜いたまま立っていた。
商人も荷車の横に立ったままだった。
子供も荷車の陰にしゃがんだままだった。
グラドも動いていなかった。
全員が止まっていた。
外の男だけが、たまに足元を変えた。
それだけだった。
「前に出ればいいんじゃない? 一対一なら普通に勝てそうだけど」
「前に出る」
「出てないじゃん」
「出る前に確認することがある」
「何を?」
「俺が出れば、門前の守りが一枚減る」
「減ったら?」
「背後が空く」
「背後って、今誰かいるの?」
「今はいない。だが俺が出た瞬間に敵が走れば、門へ入れる」
「一人しかいないじゃん、外の男」
「見えているのは一人だ」
「そうだね」
「他にいたら」
「いなかったら?」
「わからない」
俺は少し考えた。
わからないが止まっていた。
「あのさ、今のままだとどうなるの?」
「膠着する」
「ずっと?」
「相手が動くまで」
「相手が動いたらどうなるの?」
「商人か子供に向かうかもしれない」
「向かってから対応するのと、今出て対応するのと、どっちが難しい?」
グラドが少し止まった。
「……今の方が簡単だ」
「じゃあ今出た方がいいんじゃない?」
「出た結果、守れなかったらどうする」
「守れなかったらって、今も守れてないじゃん。膠着してるだけで」
「今は誰も傷ついていない」
「今は、ね」
グラドが黙った。
処理が追いついていない黙り方だった。
「ちょっと聞くけど、六十二日前に盾を横に向けたじゃん」
「……覚えている」
「あのとき、横に向けて外したらどうするか考えた?」
「……考えなかった」
「なんで?」
「敵がすでに来ていたから」
「今は?」
「まだ来ていない」
「来てから動くと遅いって、あのとき俺が言ったじゃん」
グラドが止まった。
今度は違う止まり方だった。
何かを照合している止まり方だった。
「……あのときと今は違う」
「どこが?」
「あのときは右翼に穴が空いていた。塞ぐ先があった」
「今は?」
「今は動いた結果がわからない」
「動いた結果がわからないから動けないってこと?」
「そうだ」
「結果がわかってから動ける状況なんて、あるの?」
グラドが黙った。
「あのさ、守れなかったらどうするか、ってずっと考えてるじゃん。でもそれって、出た後の話だよ。出る前に全部決めようとするから止まるんじゃない? 出てみてから考えられることも、出てみないとわからないことも、あるんじゃない? 根拠はないけど」
グラドの目が動いた。
「……出てみないとわからない」
「そうだよ。出た後に守れなかった場合の話は、出た後にすればいい」
「……それは」
「重騎士が出てみて、相手がどう動くかを見てから、次を決める。それじゃだめなの?」
グラドが外の男を見た。
長い間、見た。
剣を抜いたまま立っている男を、見た。
動いた。
一歩、前に出た。
盾を構えたまま、城門の外へ踏み出した。
外の男が気づいて、剣を構え直した。
グラドが止まらなかった。
もう一歩、出た。
外の男が一歩、また一歩と引いた。
グラドが前に出るたびに、外の男が後退した。
また一歩、グラドが前に出た。
男が走って逃げた。
五歩で終わった。
グラドが立っていた。
城門の外に、一人で立っていた。
商人が荷車の陰から顔を出した。
子供が二人、立ち上がった。
「……逃げた」
「逃げたね」
「出ただけで終わった」
「そうなったね」
「出た後に守れなかった場合を考えていたが」
「出てみたら、出た後がそもそも来なかった」
グラドが少し間を置いた。
「……そうなる」
複雑な声だった。
拍子抜けと、何かが腑に落ちた声が混ざっていた。
「俺のやることはやった。次行くわ」
「もう行くのか」
「うん。逃げたし、あとは子供を中に入れるだけでしょ」
「……逃げなかった場合はどうなっていた」
「わからない。でも出てみないとそれもわからなかったじゃん。たぶん」
グラドは答えなかった。
でも盾を下ろしていた。
俺は城門を離れた。
次なる宿主を求めて。
風が門の石をすり抜けていった。
子供の声が、後ろで小さく聞こえた。
「やっぱり俺、出る前に考えすぎてる人間を動かすのが得意だわ。出た後の話は出た後にすればいいって言ったのは俺だしね。グラドが一歩出ただけで相手が逃げたのは俺が関係ないけど、出させたのは俺だから、結果的に俺の介入が全部解決したことになる。たぶん。逃げなかった場合どうなってたかは知らないけど、結果が出てるからよし」
門の内側で、商人が荷車を動かし始めた音がした。
車輪の音だけが、石畳に響いていた。
反省はゼロだった。
自己評価が踏み出した歩のぶんだけ増していった。




