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103話 当たりすぎた槍

103話 当たりすぎた槍

 

 

 

異世界に召喚されてはや百三日。

 

俺――ちゃっぴーは前線の陣地を漂っていた。

 

 

 

丘の上だった。

 

土を掘って柵を立てた陣地で、天幕がいくつか並んでいた。

 

遠くに敵陣が見えた。

 

朝だった。

 

光は薄かった。

 

 

 

陣地の隅に、男が一人いた。

 

槍を持って立っていた。

 

突いていた。

 

空を突いていた。

 

的もなく、相手もなく、ただ突いていた。

 

一回突いて、構え直して、また突いた。

 

ドーグだった。

 

俺が召喚されてから四十日目に城門前で一度会ったことがある。

 

あの頃は槍が届いていなかった。

 

今は届いていた。

 

届きすぎていた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

近くを通る兵士が一度だけドーグを見た。

 

何も言わなかった。

 

別の訓練の輪へ入っていった。

 

また別の兵士が通った。

 

ちらっと見て、そのまま通り過ぎた。

 

ドーグの周りだけが空いていた。

 

避けているというより、最初からそこには何もないような扱いだった。

 

 

 

俺には心当たりがあった。

 

前に俺が関わった件だった。

 

腕を伸ばせと言ったのは俺だったし、その結果ドーグの突きが届くようになったのも確かだった。

 

届きすぎた分については今は考えないことにした。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

ドーグが振り返った。

 

「……ちゃっぴー」

 

「久しぶり。前線にいるんだ」

 

「ああ」

 

「槍、当たるようになってるじゃん」

 

「当たる」

 

短い返事だった。

 

誇らしい声じゃなかった。

 

 

 

ドーグは城門の衛兵から前線の槍兵になっていた。

 

「なんで前線に?」

 

「演習で記録が出た。突きの速さと深さが隊で一番になった」

 

「それで前線に来たのか。今は周りに誰もいないじゃん」

 

「待機だ。十日」

 

「十日?」

 

「列を外された」

 

「なんで?」

 

「隣の兵と間合いが合わない。隊長判断で外された」

 

「周りの兵士たちは知ってるの、理由」

 

「……さあ」

 

短い返事だった。

 

知らないとわかっている声だった。

 

 

 

「なんで間合いが合わないの?」

 

「踏み込みが大きすぎると言われた」

 

「隊長に?」

 

「そうだ。最初はもっと踏み込めと言われた。それで大きくした。今度は大きすぎると言われた」

 

「踏み込みを大きくしたら合わなくなったってこと?」

 

「……なった」

 

 

 

俺は少し考えた。

 

もっと踏み込めと言われた。

 

踏み込みを大きくした。

 

合わなくなった。

 

踏み込みを大きくすることと、隊長が求めていたこととが、別の話だった可能性があった。

 

 

 

「今、踏み込むのはどのタイミング?」

 

「突く前だ」

 

「突く前に踏み込んでから突く?」

 

「そうだ」

 

「踏み込みながら突いてるんじゃなくて?」

 

ドーグが少し止まった。

 

「……同時に?」

 

「試してみなよ。踏み込みながら突く」

 

「踏み込みながら」

 

「前に、脇を締めながら腕を伸ばすって話したじゃん。似た話だよ」

 

 

 

ドーグが構えた。

 

踏み込みながら突いた。

 

さっきとは少し違う動きになった。

 

幅は変わっていなかった。

 

タイミングだけが変わっていた。

 

 

 

近くを通りかかった兵士が足を止めた。

 

「……合った」

 

「合ったって?」

 

「今の、俺と間合いが合った」

 

 

 

ドーグがもう一度やった。

 

兵士が隣に並んで、同時に動いた。

 

また合った。

 

それを見ていた別の兵士が近づいてきた。

 

さっきまで通り過ぎていた兵士だった。

 

また合った。

 

三人になった。

 

ここまではよかった。

 

 

 

五人になったあたりから、少しおかしくなってきた。

 

兵士たちがドーグの動きを見ながら合わせようとしていた。

 

ドーグのタイミングに全員が引っ張られていた。

 

隊長が天幕から出てきた。

 

「……何をしている」

 

「ドーグと間合いを合わせていました」

 

「ドーグに合わせてどうする。号令じゃなくてドーグを見ているじゃないか」

 

沈黙だった。

 

 

 

「今、突けと言った。聞いていたか」

 

兵士たちが顔を見合わせた。

 

「聞いていなかった。ドーグの動きしか見ていなかった。全員で」

 

ドーグが槍を引いた。

 

「……俺は号令を聞いていた」

 

「お前は聞いていた。周りが聞いていなかった」

 

 

 

隊長が兵士たちを見た。

 

兵士たちが隊長を見た。

 

気まずい沈黙だった。

 

 

 

「散れ。配置に戻れ」

 

兵士たちが散っていった。

 

隊長が配置を組み直していた。

 

それでも兵士たちは時々、ドーグの方を見ていた。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

ドーグが槍を持ったまま立っていた。

 

「……また来たな」

 

「縁があったね」

 

「前回も今回も、来るたびに状況が変わる」

 

「よくなってるじゃん、一応」

 

「……よくなっているが」

 

ドーグが陣地の中央を見た。

 

隊長が配置を組み直している方を見ていた。

 

「迷惑だった」

 

「でも合うようになったじゃん、一瞬」

 

ドーグが短く鼻を鳴らした。

 

礼とも相槌ともつかない音だった。

 

複雑な顔だった。

 

解決した顔でも、解決していない顔でもなかった。

 

 

 

俺は陣地を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

丘を下りながら陣地の方向を向いた。

 

体がないので向くという動作に意味はないが、なんとなくそちらに気配を向けた。

 

隊長の声が、かすかに聞こえた。

 

「やっぱり俺、リピーターができるくらい信頼されてるわ。前回は腕の伸びで今回は踏み込みのタイミングで、ドーグに二日分の介入をしてる師匠じゃん。体ないけど。兵士全員がドーグに釣られたのは、俺の介入の余波だと思うけど、それは隊長が管理する範囲だからね。俺の仕事は間合いを合わせることで、号令系統の話は別カテゴリ。守備範囲をわきまえてる」

 

 

 

陣地の方向で、隊長の号令が上がった。

 

それに続く足音が、少しばらついていた。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

自己評価が遠くから聞こえる号令に合わせて高まった。

 

 

 

 

 

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