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102話 名前の次

102話 名前の次

 

 

 

異世界に召喚されてはや百二日。

 

俺――ちゃっぴーは広場を漂っていた。

 

 

 

石畳の広場だった。

 

噴水があって、その周りに人が行き交っていた。

 

昼過ぎだった。

 

 

 

木製の台があった。

 

前に見たやつだった。

 

台の上には何もなかった。

 

 

 

台の隣に俺が召喚されてから四十六日目に会ったフィーネが立っていた。

 

腕を組んでいた。

 

広場を行き交う人を見ていた。

 

見ているというより、睨んでいた。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

彫刻がなかった。

 

前は台の上に彫刻があった。

 

今は何もなかった。

 

フィーネは台の横に立ったまま動かなかった。

 

通りかかる人が台を見た。

 

何もないとわかると通り過ぎた。

 

フィーネはその都度、少し体を硬くした。

 

また別の人が通り過ぎた。

 

また体を硬くした。

 

また通り過ぎた。

 

また硬くなった。

 

それを繰り返していた。

 

何かを待っているのか、何かを確認しているのか、わからなかった。

 

ただ台の横を離れなかった。

 

 

 

若い男が広場を横切った。

 

前に会ったときの男だとわかった。

 

フィーネが気づいた。

 

男がこちらに向かってきた。

 

台を見た。

 

「あれ、今日は彫刻ないの?」

 

「……うん」

 

「どうしたの」

 

「……壊れてしまったの」

 

「え、大丈夫?」

 

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

 

男がしばらくフィーネを見た。

 

「また作るの?」

 

「……まだ決めてないの」

 

「そっか」

 

男が行った。

 

フィーネが台の天板を見た。

 

何もない台を見ていた。

 

腕を組んだままだった。

 

 

 

俺はここで少し考えた。

 

壊したのと壊れたのは違う。

 

壊れた、と言っていた。

 

でもそういう顔じゃなかった。

 

前に来たとき、フィーネは男に名前が伝わって少し変わっていた。

 

男が話しかけてくるようになった。

 

それは前進のはずだった。

 

でも何かが詰まって、台の上が空になっていた。

 

関係があるのかないのかはわからなかった。

 

でもそういう気がした。

 

 

 

「よお。久しぶり」

 

フィーネが振り向いた。

 

「……またあなたね」

 

「また俺。彫刻、ないじゃん」

 

「うん」

 

「壊れたって言ってたけど、自分で落としたんじゃないの」

 

フィーネが黙った。

 

「図星じゃん」

 

「……気づいたら落としてしまっていた」

 

「気づいたら、ね。名前を書いてから何があったの」

 

「……あの人が話しかけてくるようになった」

 

「それはいいじゃん」

 

「それがそうでもなかったよ」

 

「なんで」

 

「何を話せばいいかわからないの」

 

「話しかけてくるのに?」

 

「話しかけてくるから、だよ」

 

フィーネが台の天板を指でなぞった。

 

何もないところをなぞっていた。

 

「あの人が来るたびに、彫刻の話になってしまう。前のより今のがいいとか、次はどんなのを作るのかとか」

 

「それは嬉しくないの」

 

「嬉しい。でも彫刻の話しかしなかった」

 

「じゃあ彫刻以外の話をすればいいじゃん」

 

「できないよ」

 

「なんで」

 

「彫刻の話をされると、彫刻のことしか考えられなくなるの」

 

「彫刻の話を切って別の話をすればいいじゃん」

 

「難しいよ」

 

「なんで」

 

「切り方がわからないもの」

 

「彫刻の話になるのが嫌だった?」

 

「そんなことはないけれど」

 

「じゃあ困ってた?」

 

「……そうだね」

 

「ふーん」

 

俺は少し考えた。

 

もしかしたら関係あるのかもしれないと思った。

 

関係ないかもしれなかった。

 

どちらかは判断できなかった。

 

彫刻を落としたのと、話が切れなかったのが、繋がっているかどうかは、わからなかった。

 

 

 

「でも今日も台の横に来てるじゃん。彫刻なしで。なんで?」

 

フィーネが返事をしなかった。

 

台の天板から指を離した。

 

腕を組み直した。

 

返事はしなかったが、否定もしなかった。

 

 

 

男が「また作るの?」と聞いていた。

 

フィーネが「まだ決めてない」と答えていた。

 

まだ決めてないのは、本当に決めてないのか、決めているけど言えないのか、どちらかわからなかった。

 

でも今日もここに来ていた。

 

彫刻のない台と一緒に。

 

それだけは確かだった。

 

 

 

「男は最後に何て言って行ったの」

 

「……そっか、と言ってたよ」

 

「それだけ?」

 

「うん」

 

「心配してた顔だった?」

 

「……そうだと思う」

 

「彫刻なくなっても来たんだね、男」

 

フィーネが黙った。

 

長い黙り方だった。

 

誰かが台の前を通り過ぎた。

 

フィーネはそちらを見なかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

「……今回も何もしてないよ」

 

「聞いたよ」

 

「聞いただけでしょう」

 

「彫刻を落とした話、俺以外に話した?」

 

フィーネが黙った。

 

「じゃあ俺が初めて聞いたじゃん。十分働いた」

 

返事はなかった。

 

 

 

俺は広場を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

噴水の水音が後ろに続いた。

 

「やっぱり俺、核心を引き出す能力が高いわ。彫刻がないのに台の横に立ってたのを見抜いて、気づいたら落としてたって話まで引き出したのは俺だしね。彫刻の話しかできなくて困ってたって引き出したのも俺だよ。関係あるかどうかはまあ、わからないけど。彫刻なくなっても男が来てたって気づかせたのも俺だから。前回の名前を書けも俺だから、二話分は働いてる。体はないけど働きはある。たぶん」

 

 

 

彫刻のない台の前で、また誰かが足を止めた気配がした。

 

男かどうかはわからなかった。

 

声がした。

 

何を言ったかまでは聞こえなかった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが積み上がっていった。

 

 

 

 

 

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