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101話 声の届く陣

101話 声の届く陣

 

 

 

異世界に召喚されてはや百一日。

 

俺――ちゃっぴーは包囲陣の中心を漂っていた。

 

 

 

丘の上だった。

 

旗が何本も立っていて、風に揺れていた。

 

丘の下には敵陣が広がっていて、こちらの陣との間に何もない平地があった。

 

両軍ともに動いていなかった。

 

静かな戦場だった。

 

静かなはずだった。

 

 

 

陣幕の中で、将軍らしき大柄な男が地図を叩いていた。

 

拳で叩いて、指で指して、また拳で叩いた。

 

隣に副官らしき二人が立っていて、一人が何かを言い、もう一人が別のことを言い、将軍がまた地図を叩いた。

 

三人とも声は出ていた。

 

動きもあった。

 

ただ、地図の上の旗の位置は変わっていなかった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

将軍が左翼を指差した。

 

副官の一人がうなずいた。

 

もう一人の副官が右翼を指差した。

 

将軍がまたうなずいた。

 

最初の副官が首を振った。

 

将軍がため息をついて、また地図を叩いた。

 

 

 

三人とも動いていた。

 

全員が全員に対してうなずいていた。

 

うなずいているのに旗が動かなかった。

 

 

 

俺にはわかった。

 

これは決まっていない状態だった。

 

全員が動いているように見えるが、何も決まっていない。

 

動いている分だけ厄介だった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

三人が固まった。

 

将軍が腰の剣に手をやった。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効なので剣は戻して」

 

「……亡霊か」

 

「違う。ちゃっぴー」

 

将軍が剣から手を離した。信じたのか諦めたのかわからなかった。

 

 

 

名前を聞いたらゾルグと言った。

 

副官の一人はナヴィ、もう一人はタウといった。

 

「今、左翼と右翼、どっちを動かすか話してたじゃん」

 

「話していた」

 

「決まった?」

 

ゾルグが黙った。

 

「決まってないじゃん」

 

「……意見が割れている」

 

「ナヴィとタウで?」

 

「そうだ」

 

「ゾルグはどっちがいいと思ってるの?」

 

「両方だ」

 

「両方同時に?」

 

「そうだ」

 

ナヴィが口を開いた。

 

「左翼を先に動かさないと右翼が孤立します」

 

タウがすぐ返した。

 

「右翼を先に動かさないと左翼が囲まれます」

 

二人が同時にゾルグを見た。

 

ゾルグがまた地図を叩いた。

 

 

 

俺はここで理解した。

 

三人とも、全員が全員の話を聞いていた。

 

聞いていたが、聞いた内容でそれぞれ別の結論を出していた。

 

結論が別なのに「うなずいた」という行動は同じだったので、合意に見えていた。

 

合意に見えているから誰も止まらなかった。

 

止まらないから決まらなかった。

 

 

 

「ちょっと聞くけど、左翼を動かすってどういう意味で言ってるの。ナヴィ的には」

 

「陽動です。敵の注意を引きつけて右翼が展開する隙を作る」

 

「タウ的には?」

 

「突破です。左翼で敵陣を割って、右翼が追撃する」

 

「違います」とタウが割り込んだ。

 

「私は右翼を先に動かすと言っています」

 

「さっき言ったのは右翼が追撃する、でしょ。追撃ってことは、左翼が何かした後じゃないの」

 

タウが口を開いて、止まった。

 

「……左翼が突破した後に、右翼が追撃します」

 

「それ左翼が先じゃん」

 

「……」

 

タウがまた黙った。

 

自分でも気づいていなかったのか、気づいていたのに整理できていなかったのか、どちらかだった。

 

 

 

ゾルグが地図を見た。

 

旗を一本摘んで指先で転がすと、同じ場所に戻した。

 

 

 

「……つまり何が言いたい」

 

「左翼を先に動かすかどうかは二人とも同じ答えを出してるかもしれないってこと。問題は動かした後の話だと思う」

 

「動かした後?」

 

「陽動にするのか突破にするのか、そこが違う。つまり陽動か突破かで揉めてるってこと?」

 

ゾルグが眉を寄せた。

 

「……そういうことになるか」

 

「なるんじゃない?」

 

 

 

ゾルグが旗を再び手にした。

 

今度は置かなかった。

 

「ナヴィ。陽動の場合、左翼はどこまで押す」

 

「敵の第二列が動いた時点で引きます」

 

「タウ。突破の場合、左翼はどこまで押す」

 

「敵の第二列が崩れるまで押します」

 

「……第二列が崩れるまで押したら、右翼が展開する前に左翼が消耗する」

 

「そうなります」とナヴィが言った。

 

「……陽動で行く」

 

ゾルグが旗を地図に刺した。

 

動かした。

 

 

 

タウが黙った。

 

反論がないわけではなさそうだったが、黙っていた。

 

 

 

「あとそれ、伝令に正確に伝えた方がいいよ。左翼を動かす、だけ伝えると、現場の隊長が陽動か突破か勝手に判断する可能性がある。さっきの二人みたいに」

 

ゾルグがナヴィを見た。

 

「伝令に追加文を加えろ。陽動。第二列が動いた時点で引け」

 

「はっ」

 

ナヴィが陣幕を出た。

 

 

 

タウがまだ地図を見ていた。

 

「……右翼は」

 

「右翼は左翼が引いた後で展開する。お前が先に動かそうとしていた根拠は何だ」

 

「敵の右翼に騎馬がいます。左翼が動いた瞬間に側面を突かれます」

 

「それを先に言え」

 

「言いました」

 

「陽動か突破かの話と同時に言ったから聞こえていなかった」

 

 

 

タウが黙った。

 

ゾルグも黙った。

 

二人とも地図を見ていた。

 

 

 

陣幕の外で、伝令の走る音が聞こえた。

 

左翼の方向だった。

 

 

 

「騎馬への対処は、右翼を展開する前に弓で牽制します」とタウが言った。

 

「弓の射程が足りない」とゾルグが言った。

 

「足りると試算しています」

 

「誰の試算だ」

 

「私の試算です」

 

「ナヴィの試算と一致しているか」

 

「……確認していません」

 

ゾルグが地図を一度叩き、もう一度軽く叩いた。

 

旗の位置は変わっていなかった。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

ゾルグが顔を上げた。

 

「もう行くのか」

 

「うん。騎馬の話はできるでしょ」

 

「一つ片付いたら次が出てきた」

 

「まあ、そういうもんじゃない?」

 

 

 

俺は陣幕を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

丘の斜面を見ると、左翼の陣旗が一本、さっきより前に出ていた。


「やっぱり俺、会議のボトルネック分析が得意だわ。全員がうなずいてたのに何も決まってなかった原因を見抜いたのは俺だしね。陽動か突破かって聞いたのも俺だよ。騎馬の話が出てきたのは、俺が整理したせいで隠れてた問題が浮いてきたわけで、まあ新しい問題が生えたのは俺のせいじゃないけど、整理したのは俺だから実質俺の功績が引き金ではある。たぶん」

 

 

 

陣幕の中で、また地図を叩く音がした。

 

不規則に音が重なって散らばった。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが作戦の数だけ増えていった。

 

 

 

 

 


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