100話 終わらない魔法陣
100話 終わらない魔法陣
異世界に召喚されてはや百日。
俺――ちゃっぴーは見覚えのある塔の中を漂っていた。
石造りの壁だった。
螺旋階段を上がった先の部屋だった。
前に来たとき、魔法陣の光が安定した、あの部屋だった。
ただし、今日の光は安定していなかった。
床の魔法陣が、二つ同時に光っていた。
一つは赤みがかった光で、もう一つは青みがかった光だった。
二つは同じ床の上に重なって描かれていた。
交差する部分が白く点滅していた。
赤が点くと青が揺れた。
青が点くと赤が縮んだ。
どちらも発光しているのに、どちらも完成していなかった。
静かな部屋だった。
静かなはずだった。
「なぜだ。条件は満たしている」
魔法陣の外側で、男が杖を一方の魔法陣に向け、もう一方へ向け直した。
杖の先が揺れた。
戻した。
また向け直した。
俺が召喚されてから十六日目に会ったセルトだとわかった。
前に来たときより目が細くなっていた。
俺はしばらく眺めていた。
セルトの手は乱れていなかった。
ただ、杖がどちらにも定まらなかった。
一方を向くたびに、もう一方が不安定になった。
どちらかに集中すると、どちらかが揺れた。
同時に動いているのに、同時に動いていなかった。
あれは二人でやるやつじゃないのか、という気がした。
根拠はなかった。
「よお ちょっといい?」
セルトが杖を止めた。
「……また来たのか」
「また、って言える関係になったじゃん。俺たち」
「関係になった覚えはない」
「前に来たときより怖そうな顔してるけど大丈夫?」
「大丈夫ではない」
「どっちの魔法陣が問題なの?」
セルトが短く笑った。
笑いの形をしていたが、笑っていなかった。
「両方だ」
赤の魔法陣が広がり、青の魔法陣が収縮した。
次の瞬間、青が広がり、赤が縮んだ。
どちらかが最大になるとき、もう一方が最小になっていた。
互いが削り合っているように見えた。
「あれ、同時に動かしてるの?」
「戦闘用だ。攻撃系と防御系を一体化させる必要がある」
「今、攻撃と防御が同じ場所に重なってるじゃん」
「重ねることで相互補完が起きるはずだ」
「はずって言ったじゃん」
セルトが止まった。
俺は声に出さないつもりだったが出た。
「また『はず』か、って声に出したぞ」とセルトが言った。
「あ、やっぱり出てた」
俺は続きを聞いた。
「補完がどう起きるの?」
「赤が攻撃の出力を高めるとき、青が防御を維持する。交互に作用するはずで――」
「交互って、今は同時に動いてるじゃん」
「同時でなければ機能しない。設計がそうなっている」
「でも同時に最大化しようとして、同時に縮んでるじゃん」
「……」
「交互に作用させるって言ったのに、同時に出力を上げようとしてるの、矛盾してない?」
セルトが杖を下ろした。
下ろしてから、また上げた。
上げてから、また迷った。
杖の先が揺れた。
どちらへも向かなかった。
「あのさ、二つが同じ空間を取り合ってるから縮み合うんじゃない? 攻撃のとき赤を出して、防御のとき青を出す。交代で使えばいいんじゃないかな」
「それでは戦闘中に切り替えが間に合わない」
「今は両方出して両方使えてない状態じゃん。遅くても使えた方がよくない?」
「理論上は、それは後退だ」
「動いてない理論が正しくても意味なくない?」
セルトが黙った。
額を押さえたままだった。
「……試してみる」
セルトが杖を赤の魔法陣だけに向けた。
赤の光が広がった。
さっきより安定していた。
青が揺れたが消えなかった。
「……広がった」
セルトが杖を青に向け直した。
赤の光が落ちた。
青が広がった。
赤は消えなかった。
揺れていたが、消えなかった。
「……二つが、共存している」
「空間の取り合いが減ったんじゃないかな。俺には理由はわからないけど」
「原因がそれかどうかはまだわからない」
「でも動いてるじゃん」
セルトが杖を持ったまま止まった。
赤と青が、交互に広がっていた。
お互いが消えないまま、片方が動くとき片方が待っていた。
「……これでは本来の設計から外れる」
「本来の設計は今日動いた?」
セルトが黙った。
反論が来なかった。
「俺のやることはやった。次行くわ」
「……礼は言う」
「前より早い」
「前は解決した。今回は外れた設計で動いているだけだ」
「でも動いてるじゃん」
「動いているが、同時発動の研究は続けなければならない」
「それはそうだね。俺にはわからないから」
セルトが杖を下ろした。
礼でも拒絶でもない顔だった。
宿題が増えた顔だった。
俺は塔を出た。
次なる宿主を求めて。
螺旋階段を抜けると外の光が白かった。
昼の高い時間だった。
体がないので光が当たるわけではないが、眩しい種類の白さだとわかった。
「やっぱり俺、繰り返し参照されるコンサルタントだわ。同じ相手に二回関わるって、俺の価値が向こうに定着してる証拠じゃん。動いてるんだからいいじゃん。研究は研究で続ければいいし。たぶん」
塔の窓から、赤と青の光が交互に漏れていた。
同時ではなかった。
ただし消えなかった。
反省はゼロだった。
自己評価が漏れた魔法陣の光のように膨らみ続けた。




