9話 すれ違いの城門
異世界に召喚されてはや九日。
俺――ちゃっぴーは城門の前を漂っていた。
石造りの門がどっしりと構えていて、鉄格子が下ろされていた。
門の両脇に篝火が焚かれていて、風が吹くたびに炎が横に流れた。
夜だった。
こんな時間に城門の前で何かが起きていた。
穏やかな夜じゃなかった。
「開けろ! 緊急の報告がある!」
「規則により日没後の入城は許可できない!」
「緊急だと言っている! 魔物の群れが東の村に向かっている!」
「規則は規則だ! 朝になれば開ける!」
門の外に騎馬の騎士が一人いて、門の内側に歩哨が二人いた。
全員が同じくらい真剣な顔をしていて、全員が同じくらい話を聞いていなかった。
俺はしばらく眺めていた。
外の騎士は焦っていた。
馬が落ち着かなくて、蹄が石畳を叩いていた。
中の歩哨は規則通りに動いていた。
どちらも間違っていなかった。
ただ、前提が噛み合っていなかった。
「よお。ちょっといい?」
三人が一斉にキョロキョロした。
「誰だ!」
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。剣は抜かなくていい」
外の騎士が馬上から辺りを睨んだ。
「……幽霊か」
「違うよ。それより今の話、両方聞いてたんだけど」
「部外者が口を挟むな」
「まあ聞いて。今二つの問題が同時に起きてるよ。一個は魔物の件、もう一個は城門の規則の件。この二つを一緒に解決しようとしてるから話がこじれてる」
三人が黙った。
外の騎士が馬を一歩進めた。
イレーナ、という名前らしかった。
鎧に傷があって、肩のところが少し歪んでいた。
戦ってきた跡だった。
「……続けろ」
「イレーナは魔物の情報を城内の誰かに届けたいんだよね。別に城門を開けなくても届けられるんじゃない? 伝言とか、手紙を門の隙間から渡すとか」
イレーナが眉を動かした。
「それで間に合うのか」
「魔物が東の村に向かってるって言ったよね。今すぐ騎士団が動くにしても、城門を開けて、イレーナが入って、司令官を起こして、作戦を立てて、部隊を編成して、出発するまでに時間がかかるじゃん。イレーナが中に入ること自体はその時間を短縮しない。情報が届くことの方が大事でしょ」
イレーナが黙った。
門の内側の歩哨、ダンとクロスが顔を見合わせた。
「……確かに、情報だけなら受け取れる」
「規則は入城を禁じているが、情報を受け取ることは禁じていない」
二人が小さく頷き合った。
規則の中に隙間を見つけた顔だった。
「じゃあ決まりじゃん。イレーナは情報を口頭で伝えるか手紙に書いて渡す。ダンとクロスはそれを受け取って司令官に届ける。城門は開けなくていい」
イレーナが馬上で少し考えた。
「……地図がある。東の村の位置と、魔物の進路を書いた」
「それを渡せばいい」
イレーナは鞍の脇から革袋を取り出すと、中から折り畳んだ紙を出した。
ダンが門の格子の隙間に手を伸ばした。
紙が格子のこちらから、あちらに渡る。
それだけだった。
ダンが地図を広げた。
クロスが篝火に近づけて照らすと、二人の顔が地図の上で動いた。
「……東街道から来るなら、第三騎士団の管轄だ」
「夜間緊急連絡の規則があったはずだ、そっちは」
「ある。起こしに行く」
クロスが城内に走った。
足音が石畳に響いて、遠くなった。
イレーナが馬の首を撫でた。
さっきまで落ち着かなかった馬が、少しだけ静かになった。
「……なんだ、それだけでよかったのか」
小さく呟いた。
自分に言い聞かせるみたいな声だった。
ダンが格子越しにイレーナを見た。
「ご苦労だった。夜明けになったら正式に入城して、詳しい話を聞かせてくれ」
「ああ」
イレーナは短く答えた。
それから空中を一度だけ見た。
俺がどこにいるか正確にはわかっていない目だったけど、方向はだいたい合っていた。
「……声の者。礼を言うべきか迷っている」
「なんで?」
「お前が言ったことは、冷静になれば自分でも気づけたことだ」
「そうだね」
「つまりお前がいなくても、そのうち解決していた」
「そうかもしれない」
「……魔物が東の村に着く前に解決できたかは、わからないが」
イレーナはそこで口を閉じた。
礼の代わりだった。
俺はそう受け取った。
「俺のやることはやった。次行くわ」
「もう行くのか」
「うん。あとは騎士団が動くだけだから、俺のいる場面じゃない」
イレーナは答えなかった。
ただ馬を城門の脇に寄せて、夜明けを待つ体勢に入った。
鎧の傷が篝火の光を反射して、オレンジ色に照らされている。
俺は城門を離れた。
次なる宿主を求めて。
夜の空気が通り抜けていったが、俺には当たらなかった。
「やっぱり俺、危機管理能力が高いわ。感情的になってる当事者を整理して、規則の中に解決策を見つけるとか、交渉のプロじゃん。イレーナが自分でも気づけたって言ってたけど、気づかせたのは俺だから実質同じだよ。たぶん」
城内の方から、騎士団を起こす声が聞こえてきた。
夜が、少しだけ動き始めた。
反省はゼロだった。
今日も静かに自己評価が積み上がっていった。




