70 言いたい“言葉”
あぁ、穴があったら入りたいです……!
小鳥のさえずりと共に目を覚まし、寝惚けた思考がはっきりとしてきた頃。
昨夜の事を全部思い出しました!
「わ、私ったらとんでもないことを……!」
そう、私は確かレベッカ様やアニーと最後の女子会を楽しんでいました。そして、しっかりジルさんにフラれる覚悟をしてパーティーに挑もうと思いレベッカ様に頼んで髪を切って貰ったんです。あの時はあんなことを言ってしまったけれど、ジルさんがその口からちゃんと王女様との結婚報告をしてくれたら笑顔で祝福しようと決めたのですから。
だから、女のケジメとして髪を切って気合いを入れたわけです。
でも、やっぱりちょっと悲しくなってしまっている時にレベッカ様が「これは、飲むと勇気が出る不思議な水なんですのよ」と大きな瓶を渡してくれました。
瓶には〈鬼殺し〉と書かれたラベルが貼ってあり、瓶の中には透明の液体がたっぷりと入っているようでした。
「〈鬼殺し〉ってなんですか?」
「どこかの国の言葉で、“勇気が出る”って意味なんですって」
「初めて聞きました……。世界は広いですね」
せっかくなので勇気を貰おうと一気に飲み干したのですが……これ、きついです!
飲みきった後に「あ、これお酒だ」とは思いましたよ。ちなみにとても美味しかったです。初めて飲む味でしたが口当たりも良く喉ごし爽やかで、自国の酒場でも人気が出そうだと思いました……いえ、それは今は置いといて!
そう、そこまで解析はしたのはよかったのですが、予想以上のアルコール度数のきつさに酔ってしまったのです。
私は体質なのかお酒にはけっこう強い方なのです。多少のお酒ではそんなに酔ったりしないし、暴走するなんて今までなかったのに……。
とうとう暴走してしまいました。だってまさか、ジルさんが突然目の前に現れるなんて思わなかったんですもの!私が欲しかったのはジルさんの結婚を祝福する勇気であって、ジルさんに告白する勇気では無かったのに……!し、しかも……お、襲ってしまうなんて……!
殿方を押し倒して無理矢理唇を奪うなんて、もはや痴女じゃないですか!?しかもいうだけ言ったらそのまま寝てしまうなんて最悪です!
さらに自室で寝てるってことは、ジルさんが運んでくれたってことですよね?!だって私なんかに襲われた現場に他の人を呼んだりしたら聖女が国王を襲ったってバレちゃいますし!そんなの異国の恥さらしになっちゃうじゃないですかぁぁぁ?!
「……これは、解任どころか聖女をクビになっても仕方ない失態ですよね……」
私は大きなため息をつき、涙を堪えて肩を落としました。もう今日は聖女解任のパーティー当日ですが、最早そのパーティーがおこなわれることはないでしょう。もしあったとしてもそれは解任パーティーではなく、私の断罪パーティーになりそうですもの。昔読んだことのある悪役令嬢が出てくる物語をふと思い出してしまいました。真実の愛を邪魔する悪役はパーティーなどの人が集まる場所でその罪を暴かれて断罪されてしまうんです。このままではこの国が積み上げてきた聖女の功績も地に落ちてしまいます。それならば、せめて国民に私が痴女だとバレて非難される前に自主的に出ていくことにしましょう。
アニーやレベッカ様になんて言い訳をしたらいいのか……。せっかく私の為にパーティーの準備をしてくれていたのに申し訳なさ過ぎます。
そんな事を考えながらせめて身の回りを整頓しておこうと鞄に服を詰めていたら、ジルさんから貰った最初の聖女のドレスが目についてしまい堪えていた涙が堰を切ったように溢れ出してしまいました。
どうして私はジルさんを好きになってしまったのでしょう。初恋だと思っていたエドガーにだってこんな気持ちを感じたことなどありません。説明が難しいよくわからない感情がぐるぐるしていて、気がつくとジルさんの事を考えていて……ただひたすらに“好き”だとしか言えなくて……。
「……嫌われたくないです……」
もしこのままジルさんに嫌われたらと考えたら、息が出来なくなりそうでした。
謝ろう。謝罪して、あの告白は忘れてくれていいからせめて元聖女として思い出に残してもらおう。王女様との事だって邪魔する気はないんだって言わないと。
だから────。
「……ロティーナ、起きてるか?」
その時、扉がノックされジルさんの声が聞こえました。
「……ジルさん!」
思わず声が出てしまい、それに反応したように扉が開きジルさんが顔を出したのです。
「ロティーナ、話が……え!なんで泣いてるんだ?!」
涙でボタボタの私を見てジルさんがあたふたとハンカチを差し出してくれました。
「ジルさん……私……ご、ごめんなさ……っ」
ハンカチを受け取り顔を覆いますが、涙が止まらず上手くしゃべれません。どうしたら許してもらえるか、どうしたら嫌われないでいられるか必死に考えますが思考は動きませんでした。
きっと今の私は醜いでしょう。ジルさんを襲った痴女のくせに謝る前に泣いてしまうなんて最悪だと自分でも思います。
でもそんな私をジルさんは優しく抱き締めてくれたのです。
「ロティーナ、聞いて」
「……ジ、ジルさん……?」
ジルさんの胸に顔を押し付けられ、驚きのあまり思わず涙が引っ込みました。
え?なんですか、これ??なにがどうなって……あ、ジルさんの心臓の音がすごく激しく鳴っていて落ち着くけど恥ずかしい。そんな不思議な気持ちになりました。
────やっぱり、好きです。叶うのならば、ずっと彼の側にいたい。理由なんかいらない。ただ、この人と一緒にいたい……それだけなんです。
「ジ、ジルさん……!私……、あなたに言わなければいけないことが────」
「ロティーナが好きだ」
………………?
「オレは、ロティーナが好きなんだ。だから、ずっとオレの側にいて欲しい」
あまりの驚きに目を見開き、ぽかんとしてしまった私の顎に手を添えたジルさんがそっと唇を重ねてきたのでした。
え?
え??
えぇぇぇぇぇぇぇ?!




