69 どうしたって、敵わない(ジル視点)
え?ロティーナ酔ってる?
と言うか、なんかよく見たらなぜか髪が短くなってるじゃないか?!一体何があったんだよ!?
「ジルしゃん!きいてるんれしゅか?!こっちむいてくらしゃい!!」
ロティーナの顔は真っ赤だし目はうつろだ。足取りもフラフラしながらほのかにアルコールの香りを漂わせている。そんなロティーナがすごい勢いでオレに迫ってくるんだが……。
もしかして夢でも見ているのだろうかと思わず頬をつねってしまった。痛い、夢じゃなかった。
「お、落ち着いて……ロティーナ、その髪はどうしたんだ?それになんで酒なんか」
「こ、こりぇは……レベッカしゃまにおねらいしてきってもらったんれす……。“おんなのけじめ”ってやちゅなんれす!しょしたら、ゆーきのでるみじゅらってレベッカしゃまが……〈おにごろし〉ってびんをくりて……しょうれす、ターイズひゃんからもりゃったんれすって!だかりぁ、れんぶのみまひた!」
そう言ってロティーナが指差した先には空になった大きな瓶が転がっていた。その瓶のラベルにははっきりと〈鬼殺し〉と書かれている。
え、〈鬼殺し〉?それってもしかしなくても例のあの姫が手土産にって持ってきた貿易国特産のめちゃくちゃきつい酒じゃなかったか?確か、そのままだと度数がやばいから飲むときは気を付けてって言われたアレだろ!?ターイズはなにを渡してんだよ?!
「お、おい、ロティーナ?具合悪くなったりしてないか?それはたぶん水じゃなくて酒────」
「りゃからぁ!ジルしゃんはひゃんとわたしにいうころがあるれしょう?!わたしらって、じゅっとなやんれたのに、そうらんもしてくりぇないかりゃ……!
おうろしゃまと、けっこんすりゅなりゃすりゅって、らんでひとこといえないれしゅか?!」
呂律の回らないロティーナの気迫に押され、いつの間にか壁際に追いやられたオレはまさかの壁ドン状態になっていた。もうなにがなんだか本当にわからない。やっぱり王女との結婚の噂話を誤解してるようだけと、オレが結婚したいのはロティーナなんだよ!あぁ……呂律の回ってないロティーナ可愛いな!?
「ロ、ロティーナ……?実はそれは誤解なんだ。ちゃんと話を聞いて……」
「ジルしゃんが!そぉゆぅたいろらから、いつまれもあきらめきれらいんやないれすか……!ジルしゃんわ、しりゃないかりゃ……しょんなざんこくにゃ……。うっうっ、ジルしゃんのばかぁ!」
両手でオレの逃げ道をふさいだロティーナの大きな瞳は潤み、ポロポロと涙が零れている。こんな風に感情的になるロティーナを初めて見た気がした。
そして、次のロティーナの発言にさらに驚かされるわけで。
「わたしがジルしゃんのこと、ろんなに好きかって知らないからぁ……!」
とにかく、一瞬頭が真っ白になったのだけは言うまでもない。次の瞬間にはロティーナに肩を掴まれ床に押し倒されていたがオレは動けなかった。
「……わたしなんかゃ、らめって、わかってるろに────ろうしても……好き……」
「ロ……!」
そしてロティーナはオレを押さえ込んだまま唇を重ね、もう一度「好き、なの……」と呟いてからオレの胸の上で眠ってしまったのだ。
すぅすぅと寝息が聞こえるが、オレの心臓の音はそれをかき消す程にうるさく鳴っていた。
男としてはかなり情けないのだが、それを上回って嬉しさが半端なかった。まさか酔ったロティーナに押し倒されて唇まで奪われるなんて思いもしなかったが。
「……やっぱり、ロティーナには敵わないな」
短くなった桃色の髪をひと撫でして、そっとロティーナの体を抱き締めたのだった。
***
「うーん、まさか全部飲んでしまうなんてさすがに想定外でしたわ……」
レベッカは「あとでロティーナ様に怒られるかしら」と呟いた。
「……でも、こうでもしないとお嬢様はご自身の本当の気持ちを吐き出せないですからね!」
集まって協力してくれた騎士たちにお礼を言い、アニーは肩を竦めた。実はふたりで口裏を合わせて酔ったフリをしていたのだ。ロティーナが酒に強い事は知っていたのでターイズにも協力してもらい〈鬼殺し〉も入手し、ジルを誘導してもらったのだ。
レベッカたちとしてはジルとロティーナが両想いなのは明らかなのにすれ違いばかりでさすがに焦れったく思っていた。そんな時にジルの結婚の噂が広まり、どうしたものかと悩んでいたらまさかの聖女解任の話に強硬手段に出ることにしたのである。アニーがジルの心変わりを信じてしまって暴走したが、結果的にはいいキッカケになったようだった。まさか、「女のケジメをつけたいんです」と、ジルへの未練を断ち切る為に髪を切って欲しいとお願いされた時は驚いたが。まぁ、ロティーナは短い髪型も似合うし、〈鬼殺し〉を勧める口実も出来たのでいいとしよう。
「仕事に忙しかったとはいえ、聖女反対派の動きに気付くのが遅れてしまったせいでアニーにも苦労をかけてしまいましたわ。ごめんなさいね」
「わたしはお嬢様が幸せならなんでもいいんです!あ、でもお嬢様がジルさんを振って実家に帰ると言うならもちろん止めませんからね?」
「ふふ、そうね。陛下にはロティーナ様の気持ちをしっかり捕まえておいてもらわないと……。さ、あとは若いふたりに任せてわたくしたちは残りの反対派閥の人間をとっちめますわよ~!」
「ジルさんの気持ちもはっきりしたことですし、これでとことんやってやれますね!」
ある意味密室にジルとロティーナをふたりきりにしてしまったが、ジルにはロティーナに手を出すことなど出来ないだろうとふたりは信じていた。だってヘタレだから。
「これで、明日のパーティーがどうなるかは陛下次第になりましたわね。ちゃんとかっこいいところを見せてくださるといいんですけれど……」
全てはロティーナの幸せのために。
明日が楽しみで仕方がないレベッカなのだった。




