87羽:鳥籠の中に隠したのは
鳥籠少女“アビス”こと、鷺沼 鸚哥。
以前は能研に所属していた経歴も持つ中学3年生、14歳の女の子だった。
高尚な目的や夢もなく、ただ生きていただけの毎日。SNSなどで人の粗を探し、安全圏から貶める。そうした後ろ向きな趣味しかなかった彼女に訪れた転機。
能力の芽生え、そして『災厄破片』との出会い。
能研にスカウトされ、ちやほやされた時期もあった。しかし、相も変わらず自分を安全圏に置くだけで、まともに働かない日々。そんな彼女と組みたがる所員はおらず、心配してくれた数人の同期にも日に日に愛想を尽かされて、彼女の元を去っていった。
それでも彼女は変われなかった。
元々やる気や気迫などはろくに持ち合わせていなかった彼女は、やがて能研にも顔を出さなくなった。風の噂で除籍扱いになったことを知ったが、それも別にどうでもよかった。
虚無だけが残る。しかし、自分でそれをどうにかしようとも思えない。
空っぽの心を誤魔化すように、他人の粗探しをするだけ。自分には何もないから、他人を攻撃して悦に浸るしか、一種の高揚感を得る手段がなかったのだ。それでいつまでも満たされるわけはないのに。
そんな心に灯された紫の炎。
それは元から彼女の心にはなかった存在。たまたま出歩いた先に見つけた、異質な輝き。それに強く惹かれた彼女は、次の瞬間には【禁忌】の”特性”をその身に宿していた。
その後の彼女の行動は、十分推し量れるというもの。
小さなはぐれ者のチームに加わっては、その関係を壊す愉悦。仲の良さや絆を声高らかに歌う連中が、ちょっとした”アビス”の差し金で壊滅へと誘われてしまう。絶対的な安全圏である『鳥籠少女』に、心を惑わす【禁忌】。彼女の心は踊っていた。
そんな中、次の標的に選んだのが【黒天鳴音】。
1区の中でも最大級のチームで、【禁忌】を受け入れたばかりの”アビス”では、取り入る勇気は持てなかっただろう。しかし、数多のチームを渡り歩き、能力の使い方を学習した彼女にとって、彼らですらただの玩具に過ぎなかった。
普段は絶対関わらないような柄の悪い連中の輪に加わり、そのチームのウィークポイントを探した。
メンバーは皆、カリスマ性のあるリーダーを尊敬していた。かといってそれが堅苦しかったり、厳しい上下関係がある訳でもなく、同じ立場で笑いあっていた。彼女はそれを見るたび、何故か不快な気分になり、それが崩れるさまを見ようと、暗い心持ちで企みを開始した。
暖かく接してもらうほど、冷える己の心。
がさつな男達の中で、さり気なくフォローしてくれたNo.2の加恋には、多少世話にはなった。だが彼女も結局はちやほやされたいから、ここにいるだけなのだ。それすら諦めた”アビス”にとって、その優しさも毒にしかならなかった。
【禁忌】の『災厄破片』を取り込んで以来、分かるようになったことがある。
それはその人の大事にしているものや矜持。【黒天鳴音】のリーダーを務める鳴守の場合、漢としてのプライド、腕っぷし、そしてチームの仲間。がさつで単純な男ではあったが、その周りには自然と人が集まり、笑いが絶えなかった。
壊したかった。
自分が持っていないものを持っている。それがどうしようもなく癇に障った。
あくまで一時的な形で参入しただけだというのに、群がる男達は加恋以外の久しぶりの女の子だと大層喜んだ。それを張り倒す加恋、後ろで眺めて大笑いする鳴守。自分はそんなんじゃない。不快だ。不愉快だ。
どうせ化けの皮が剥がれた後の私を見たら、失望するに決まっている。最初だけだ、誰もが私から離れていく。それなら、それなら最初からいらない。私が取り残されたんじゃない、私が見限ってやったのだ。
面倒や責任を人に押し付けて押し付けて、今ここにいる。
その場所に他の人はいない。当たり前だ、自分が他人の立場で考えても、そんなのとはさっさと縁を切りたいに決まってる。でも認めたら終わる。生きていけなくなる。
限られた鳥籠というスペースにぎゅっと押し込んで隠したもの。
壊れないように、壊されないように。その隅には、小さな小さなハートを抱きしめて泣く、弱い女の子。
ただ彼女は、臆病なだけだった。




