86羽:脇役たる所以
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
暴走した鳴守の咆哮。
恭介は空中で無防備に浮きながらも、どこか落ち着いてそれを聞いていた。
振りかざされる拳を間一髪、空中で黒翼を操作し、うまく回転して避ける。外れた鳴守の攻撃はそのまま地面に叩きつけられる。例え直撃は避けても、破壊の余波まで防げるものではない。近距離でそれを受けてしまえば、例え恭介でも無事ではいられないだろう。そこまで読んでの一連の流れ。”アビス”の口元に笑みが零れる。
しかし、予想した破壊の衝撃は一向に起こらなかった。
「え? なんで……」
「そこっ!!」
「……っ!?」
不意をつかれた一撃。彼女の能力にもクールタイムは僅かにだがある。
一度恭介の攻撃を防ぐため、鳴守に鳥籠を設置。その解除を行ったため”アビス”の鳥籠も一緒に消えていた。それと同時に投擲されたナイフ。残っていた”転移門”を利用した、修による完璧なる奇襲だった。真代が残したナイフ、それが防御の手立てを失った”アビス”に迫る。
「はっはっ……ふふっ」
虚を突かれ、動くことすらままならなかった"アビス"。
だがその渾身の一撃は空を切った。
首元を掠め、彼女の足元近くに突き刺さる。その直後、すぐさま発動する『鳥籠少女』。千載一遇のチャンスを失った。これで、彼女はもう油断しない。闇雲に能力を解除することもなくなっただろう。
「あはっ、あともうちょっとだったのに。もしかしてびびっちゃった?」
「……」
修はナイフを投げた態勢からすっと立ち上がり、無言を貫く。
「ぽっと出の脇役が最大級の活躍をするチャンスだったのに、惜しかったね」
失笑をこぼし、近くで佇む修を嘲笑う。
『鳥籠少女』を発動した今、これで彼女を傷つけられるものは再びなくなった。鳴守の挙動は少し気になったが、それでも自分の圧倒的優位は揺るがない。もし、壊れてしまったのなら、また別の玩具を探せばいい。
「そうですね。僕は別に脇役でいい」
「なに……?」
“アビス”にとって、小物にしか映っていなかった少年。
修は彼女の煽りにも、何も悔しそうな反応をすることもなく、ただそれを受け入れていた。急襲、離脱、不意打ち。修や真代ができることは、精々そんなものだ。そんなものは小物がやること。間違いない。自ら受け入れ分かっていることを言われても、別に今更腹も立たない。
「主役は他にいますから」
「……!!」
修がゆっくり振った目線の先には、倒れ伏す鳴守。
先程までの暴走状態はなりを潜め、今は仰向けで静かに寝かされている。トランス体も解除されており、その様子を見るだけでも、彼が恭介に無効化されたのは明らかだった。
「ど、どうやって!? あんな暴走状態だったのに!」
「なかなか綱渡りではあったがな。不良の子守りとか二度とさせるな」
「ほんとっ……! 役立たず……!!」
彼女は恭介の能力全てを知っている訳ではない。
しかし、恭介の意識遮断の技能を通すには、鳴守の隙と”アビス”の裏をかく必要があった。暴走状態の鳴守は隙という意味ではいくらでもあった。ただ一撃の破壊力が遥かに増しており、安易な攻めでは攻略できない可能性もあった。そこで、最高の手助けをしてくれたのが小栗。あの状態の鳴守を数秒ではあるが、ばっちり拘束して見せた。
あとは”アビス”の裏をかくこと。
彼女に意識遮断の能力の知識はない。鳴守から噂程度には聞いているかもしれないが、あれは実際にそれだけでどうにかできるものでもない。つまり、上手く近寄りさえできれば必勝。暴れる鳴守は小栗が抑えてくれている。
しかし、恭介は引っかかりを覚えた。
それは彼が培ってきた戦闘勘から発せられた警告。このままスムーズにいかないだろうという、何故か確信めいたもの。だからこそ、恭介はぎりぎりの状態で、敢えて一芝居打つことにした。
恭介がよく使う能力の応用の一つに、「一人時間差攻撃」がある。
その正体は、認識阻害と集団催眠の組み合わせだ。まず攻める恭介の幻を生み出す。それと同時に本体は認識阻害の力で隠れる。つまり、その時点で敵は幻の恭介しか見えていない。あとはその幻を特攻させ、本物の恭介が死角から一撃を加える、というものだった。
そこにさらに必殺の意識遮断を組み合わせる。
この一種の必勝法で、対人戦においてはかなりの確率で勝利を手繰り寄せることができた。ただ今回恭介がやったのはその逆。「一人時間差攻撃」だったのは間違いないのだが、先に先行したのは恭介本人。幻がその後をついていく形になっていた。
本来であれば全くメリットのない話だが、重要なのはタイミング。
恭介の勘では、傍観を決め込んでいるように見える”アビス”が、最後の最後、邪魔をしてくる可能性を捨てきれないでいたのだ。
ここで”アビス”の立場になって考えてみる。
最も効果的なタイミングはやはり、恭介の攻撃が鳴守を捉える直前。そこで鳥籠が発動、即解除されてしまえば、恭介は必殺の機会を逃し、鳴守は無防備な恭介に手痛い一撃を浴びせられる、というものだ。
結果、恭介の予感は的中。
恭介の攻撃は弾かれ、最悪のタイミングで反撃をもらってしまう、ように見えたのだが、実際には恭介の攻撃はすでに終わっていた。視覚的に発生する鳥籠はあまり発動が早すぎても、恭介は即離脱してしまう。だからこそ、ぎりぎりまで引き付けた。
それをある意味逆手に取り、幻よりも一歩先に進んでいた恭介。
"アビス"の妨害が入る前に、難なく磔の鳴守を無効化。一瞬置いて幻と合流し、まるで最初からそのタイミングでただ攻撃しに来たように見せたのだ。最後、意識が途切れていたはずの鳴守の反撃には驚いたが、それは最後まで続かなかった。地面に打ち付ける拳には力がなく、ゆっくりとトランス体を解除しながら、その場に倒れ込んだのであった。
じりじりと詰め寄る恭介。
少し及び腰になる”アビス”ではあったが、逃走するような素振りは見せない。
うかつに動いて隙を作るよりかは、絶対安全な鳥籠に籠るほうを選んだのだろう。恭介達にしても、彼女は『鳥籠少女』のほかに、【禁忌】の”特性”を持っている。鳴守に同行するリスクを負っていた彼女だ。すぐにその発動条件を満たすとは思わなかったが、後手に回ってそれを掛けられてしまうことは避けたかった。
(【禁忌】の効果はすぐには出ない……逃げる準備を始めたほうがよさそう)
鳴守という手駒を失った”アビス”は、早々に撤退の方向に舵を切っていた。
初めて恭介の前に姿を現したとき、彼女は鳴守の横に空間を突き破って現れていた。あれは、彼女の技能”陰の揺り籠”によるもの。構築には時間がかかるが、そこは彼女だけが入り込める安全通路。これがあるからこそ、彼女は余裕を保っていられた。
(通路の構築……先にしとけばよかった)
対象が絞られているとはいえ、この世界に繋がった裏の世界の構築というものは、簡単ではない。中は宇宙の様な不思議な模様に透明の床が並んでいる。だだっ広く見えて、実際に進める道は限られているのだが、そこはかける時間により、多少は拡げることは可能だ。
ただ彼女の能力の本質は『鳥籠少女』。
鳥籠を主軸に置いた能力構成であり、”陰の揺り籠”はあくまで補助的なサブ技能。そこに汎用性はさほどなく、精々一時的な逃げ道の構築にしかならないのであった。
“アビス”の周りをゆっくり回りながら、攻略の糸口を探ろうとする恭介。
彼女の能力自体に攻撃性はない。だが、誰かと組むことで真価を発揮し、都合が悪くなれば暴走を引き起こして、自分は雲隠れする。非常に嫌らしく、攻略がしづらい能力だ。あの鉄壁を前にただ持久戦を繰り広げるというのはナンセンスだろう。
逃げ道を着々と構築している”アビス”。
恭介にもその意識はあったものの、具体的に止める手段が思いつかない。そんな膠着状態に一石を投じたのは、周りを片付けていた修だった。
「恭介さん、帰りましょう!」
「修……?」
「あら、お利口さん。あなた達にはどうしようもできないって分かってるのね」
修の発言の意図が分からず、脚が止まる恭介。
そんな様子も意に介さないで、さっさとその場の装備などを回収していく修。中には、真代が装備していた、破損して見る影もない投げナイフなどもあった。そんな修ではあったが、嘲笑う”アビス”を振り返り、実にいい笑顔を返した。
「いやいや、あなたみたいな凶悪な能力者、僕達が捕まえなくてどうするんですか?」
「ふふ、なに? ただの負け惜しみにしては女々しいわね」
「いや、だって」
思わず笑いが込み上げてくる彼女は、失笑を隠せない。
そんな様子を静かに見つめていた修は、ゆっくり目を細め、冷徹に告げた。
「――もう勝負はついてますもん」
何を言って――そう言おうとして、その言葉は出てこなかった。気が付けば世界は傾き、絶対なる安全圏、彼女自身を守っていた鳥籠も薄ら消えようとしていた。
「な……ん……」
「あれ、言いませんでしたっけ」
地に倒れ伏す”アビス”を見下ろす二つの影。ゆっくりと近づいてきた修と、もう一人。先程まではいなかったスリムなシルエット。
「僕達のような脇役は、不意打ちが得意なんですよ?」
決してど派手な必殺技などは必要ない。
人体を拘束し、壊す手段などいくらでもある。その一つが、火花が散る電磁ロッド、それを操る女性の存在。
「はぁ、ずっと潜んでいるのも、案外ストレスね」
そんなぼやきを微かに耳にしながら、”アビス”の意識はその場から遠ざかっていった。




