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SHADOW BIRD  作者: 下野 遊々
2章.芽生えた彩花は静かに揺れる

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85羽:禁忌の深淵

「糞がっ! いったい何だっていうんだよ!!」

「……」


 土埃が晴れた先。


 そこには怒号を発する鳴守と、未だ沈黙を貫く”アビス”の姿しかなかった。彼らは共に無傷。”アビス”は自前の鳥籠で守ったが、鳴守はまともに攻撃を食らったらしい。ただそれでも、なんとか自前の防御力のみで耐え抜いていた。


「糞烏もいねぇ……!! まさか、あいつの鳥籠まで解除したのか!?」

「……」


 激情に駆られ、闇雲に突撃してきただけと思われていた修。


 だがどうやら彼は冷静だったようだ。それも恐らく”アビス”の能力もちゃんと把握していた。本当に戻ってきてすぐ合流したわけではなく、その少し前から身を潜め、参戦の機会を窺っていたのだろう。鳥籠の能力を知っていたのなら、小栗が近場に姿を現さなかったのも頷ける。


 感情に任せた行動に見せかけた、連携攻撃。


 今この場にいないということは、修は”転移門(トランスゲート)”で再び離脱したのだろう。結果、恭介の解放にまで結びつけたのだから、これ以上の成果はない。


 怒りが収まらない鳴守が”アビス”の服を掴む。


 そのままがくがくと乱暴に揺さぶられるが、彼女は沈黙以外の答えを返さない。彼女の能力『鳥籠少女(アビス)』、その効果は強力だが、細かい制御は不慣れだった。


 この事態を招いた要因。


 それは鳴守が『鳥籠少女』のデメリットを把握していなかったこと。


 効果を掛けたら解除するまでそのまま、そして解除すれば、全てがその対象となる。恭介の睨んだ通り、能力発動時は彼女自身、その場から動けないという弱点もある。他人の手を借りて初めて機能する能力なのだが、本人があの様子だ。最低限の情報しか聞いていなかった鳴守には、当然知る由もなかった。


「ちっ! せっかくあと一歩だったのによ!!」

「……つまんない」

「あ? ……っつ!?」


 鳴守が”アビス”から突然弾かれる。


 彼女を中心にして発動した鳥籠によって、強制的にその範囲から鳴守を遠ざけていた。その行動もそうだが、まともに今まで話さなかった彼女が口を聞いたという事実が、鳴守に軽い衝撃を与える。


「なんだ? うまくいかなくて不貞腐れてんのか? 誰のせいだ、そりゃ」

「それはもちろん、いつまでも煮え切らないあなたのせい」

「……ああ?」


 割と普通に喋る”アビス”の様子に、少し動揺する鳴守。


 彼女と鳴守が出会ったのはつい最近だ。恭介にぼこぼこにされ、プライドを破壊し尽くされていた彼にそっと近づいてきた影。「あなたを勝たせてあげる」という甘い言葉に乗せられ、一時的に彼のチーム【黒天鳴音(ハウリングノイズ)】に招き入れていた。


 いつもの彼であれば、一笑に付すような話である。


 そんな誘いは跳ねのけ、あくまで自分の力、チームの力での勝利を目指しただろう。しかし、いつしか彼を慕う仲間が増えれば増えるほど、彼は不甲斐ない自分を責めるようになった。決してそんなことはおくびにも出さない、強者のメンタリティーを持った彼ではあったが、懐に入ったそれに徐々にだが蝕まれていたようだった。


「私が拾ったのは、ほんとに小さな”破片”」

「何を言ってやがる……」

「だから、できるのはほんの少し、相手の倫理の枷を緩ませることだけ」


 ぽつりぽつりと、自分語りのように言葉を紡ぐ”アビス”。それに苛立つ鳴守だったが、どこか近寄れない異質な雰囲気を感じ、脚が止まってしまう。


「まどろっこしいのは嫌い。そこだけはあなたと気が合いそうだったのに」

「だから何が言いたいんだ、てめぇはっ!!」


 とうとう吠える鳴守相手に、怯えるように俯く"アビス"。


 自分の殻に籠るように、きゅっと体を縮め、そのか細い姿がさらに小さくなる。しかし、ぱっと上げた彼女の瞳には、決して存在してはならない災厄の破片、紫の炎の輝きがあった。


「全ての人間は、私を楽しませるためにいる。……だから、もっと踊ってよ?」

「なっ……あっ、がぁああああああああああ!!?」


 強制的なトランス体への変身。


 クールタイムはすでに過ぎていたようだが、他人に行動を、能力の発動を強制する力は珍しい。彼女の瞳に宿る力、それこそ恭介が追い求める真理。幼馴染の甘菜を救うための手掛かりである『災厄破片(さいやくはへん)』の力だった。


 それのルーツは10年ほど前。


 能力者を生み出すきっかけとなった【大災厄(だいさいやく)】まで遡る。



 *



 【大災厄】は、たった一人の能力者が引き起こした()()だ。


 ”始まりの能力者”や【原初の悪魔(オリジナル)】と呼ばれるその能力者により、一都市が壊滅し、多くの死傷者を出した忌まわしい記憶。()()()()()()()()()()()()()()()()()、能力者はその時から生まれだし、世界に大きな混乱を引き起こした。


 だがその場を落ち着かせたのも、結局は力。


 現在はその時に能力者として覚醒した初代【七人の悪魔(グリモアセブン)】によって造られた特区において、能力者は一時の安寧を享受することを許されている。



 *



 その【大災厄】で振るわれた悪魔の力の欠片。


 それが10年を経た今でもどこかに取り残されている。その事実は能研内でも最重要機密。長らくタブーとして扱われ、秘密裏に処理されてきた。しかし、それに成り行きとはいえ着手することとなったのが、恭介達だ。


 その悪魔の力の欠片、通称『災厄破片』を追う任務【S級案件】として。


 メンバーは順調に集まってきていた。いずれもAランクの能力持ちである小栗に成子。今後、藍音の協力を得られるのであれば、いずれもAランクの能力者で組む、最大級のチームとなる。


 能研の上級案件である【A級案件】に当たる人材は限られている。


 ある程度固定されたチームを当てることが多いのだが、それでも全員がAランクというのは珍しい。チーム編成としては、指揮やエース役にAランク一人、後は戦闘向きのBランクの能力者を数名下に就かせる、というのがよく見られる編成であった。


 しかし、どうやら災厄は恭介達を待ってはくれないらしい。


 まさかこんな身近に潜んでいるとはつゆにも思わなかったが、当然野放しにするわけにはいかない。むしろ、向こうから転がり込んできてくれたのだ。ここで逃がすなどあり得ない。


「私の『災厄破片』の”特性(ギフト)”は【禁忌】。人が倫理観で蓋をしているところを、少し開けてあげる。要は強制的なパワーアップみたいなものだよ、お兄さん」


 最初から気づいていたのか、”アビス”の鳥籠に激しい火花が散る。


 認識阻害の技能で近づいた恭介の渾身の一撃だったのだが、それすら無効にしてしまうようだった。


「ほらほら、お兄さんの相手は彼でしょ」

「……ちっ!!」

「オオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 "アビス"の言葉を合図にしたかのように、トランス状態の鳴守が降ってくる。


 両こぶしに特大の”黒色の衝撃(ブラックインパクト)”を集中させた、暴力の塊。着地、そして衝撃。激しく揺さぶられる地面。今までの威力とは正直比べ物にならない。直撃した地面が陥没し、その衝撃波が周りのものを大きく吹き飛ばす。


 その猛威が吹き荒れる中、一人安全な牢獄で見守る”アビス”。


 だが彼女は、あくまで枷を外したに過ぎないらしい。鳴守の暴走による攻撃は”アビス”にも届いているが、鉄壁の鳥籠はそれを全く通さない。痺れを切らした鳴守の狙いが、恭介に向くのも仕方のないことだった。


「……させない!!」

「グオ!?」


 暴れまわる鳴守に巻き付く無数の蔓。


 再三に渡って、恭介の窮地に駆けつけたのは小栗だ。流石にこの展開は予想していなかったであろうが、正気を失い暴れる能力者相手に手加減できるほど、小栗は器用でも優しくもない。


 今だったら鳥籠の妨害も入らないだろう。


 本性を現した”アビス”は鳥籠の中で悠々と戦況を見つめている。紫の炎が揺れる瞳を輝かせて、本当に楽しそうにしている。鳴守は、いや【黒天鳴音(ハウリングノイズ)】は利用されていた。ただ彼女の愉悦を満たす為だけに。


「よくやった、小栗! そのままで頼む!!」

「……はい! あまりもたないので、早く……!」

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 吠える鳴守を懸命に抑える小栗。


 薔薇の化け物を複数従えて、四方から伸ばした蔓でその自由を奪っている。質量的にも断然小栗の方が有利なのだが、”アビス”の【禁忌】を掛けられた鳴守の力は凄まじい。


 ただ、彼の体も悲鳴を上げていた。


 見れば最高峰の防御力を誇る鳴守のトランス体が、ところどころひび割れている。【禁忌】の強化の負荷に耐えきれていないのだ。それほどまでの無茶な強制パワーアップ。その隙間からは『災厄破片』の権能を示す、紫の炎がチラつき、見え隠れしていた。


 ”アビス”は自身が拾った『災厄破片』を小さな破片と言ったが、それでこの効果。


 大きさに優劣はないのかもしれないが、彼女の本来の能力『鳥籠少女』との組み合わせがまた、悪魔的だった。見境なく暴走を引き起こす【禁忌】の”特性”は、本来であれば彼女自身も危険に晒す可能性がある。おいそれと試すことは難しいはずだったのだ。


 それを可能にしたのが、鉄壁の異能『鳥籠少女』。


 彼女にしてみれば、移動できないことを除きデメリットはほぼない。後は特等席で楽しいショーをゆっくりじっくり鑑賞するだけでよかった。


 早く楽にしてやらねば。


 恭介の焦りが募る。もうこれ以上、誰も犠牲者を出してはいけない。『災厄破片』の力は、既存の能力よりも優先度が高い。それこそが【大災厄】の欠片と言わしめる根拠であり、それ自体に干渉して止めることは不可能だろう。


 つまり、叩くは鳴守本人。


 流石に本人の意識が途切れれば、それは玩具から電池を抜いたようなもの。一時的ではあるかもしれないが、今の暴走は止めることができるはずだ。そして、恭介にはその手段がある。


「一旦眠れ!!」

「オオオオオオオオオオオオオ!!!」


 鳴守に向かって一直線、最短距離を突き進む。


 狙うのは、意識遮断の技能”引きずり込む悪夢(ラストナイトメア)”。黒い弾丸となり駆け抜ける恭介の目に写るのはもがき苦しむ、鳴守の姿。散々手を焼かされた、敵と言っていい存在ではあるが、どこか憎みきれなかったのも事実。少なくとも、今の状態を見て、救ってあげたいと思うほどには。


 今や体中から紫の炎を溢れさせ、その炎の海に沈みそうなほどの勢いである。


 蔓の引きちぎられる音が聞こえるが、全ての拘束を解くまでには間に合う。回転しながら放った、黒刀の一撃が鳴守に迫る。確実に鳴守を仕留める一撃。それは突如出現した鉄の檻に阻まれ、届くことは叶わなかった。


「だ、だめっ……!?」


 小栗の拘束が完全に破られる。


 それと同時に消える鳴守と恭介を隔てた鉄の檻。それは鳥籠。驚愕に目を見開く恭介の視線の先には、最後の最後で介入してきた、”アビス”の姿があった。


「盤面を好きに弄り回せる楽しみも、欲しいでしょ?」


 邪悪。ただその一言に集約される、歪んだ笑み。


 彼女は『災厄破片』に染まったからそうなったのではない。()()()()()()()()()()


 必殺の一撃を弾かれ、空中で無防備な姿勢をさらけ出したままの恭介に、黒い影が覆いかぶさる。致命的な一瞬。小栗の悲鳴を遮る勢いで、その暴力が今振り下ろされるのだった。

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