88羽:潜伏者は語らない
陰鬱な記憶が薄れるにつれて、徐々に意識が浮上してくる。
「んっ……」
「おう、起きたか」
暗闇の中で声がかかる。どこか乱暴な口調は鳴守か。
意識が戻ってきた中で、まずは自分の状況を確認する。身じろぎ程度の動きはできるが、手足の自由はきかず、視界も閉ざされている。彼女の能力は、視界に入った対象に発動できるもの。
『災厄破片』の脅威も考えれば、こうした処置もやむを得なかった。
“アビス”、いや鸚哥自体はある程度予測はしていたのか、落ち着いたものだ。多少のパニックになるかとも思ったが、少し考えを巡らせて、今の自分の状況を正確に理解したらしい。
「落ち着いたものだな。今の状況を理解しているか?」
「ドジってお縄になったってだけでしょ。なに、そういうプレイがしたいの?」
「この子、思ったよりよく喋りますね」
「無駄口は喋らない」
恭介の問いに答える鸚哥。
それに茶々を入れる修に、変わらない平坦なトーンで戒める女性の声。
「もう、ほんとに意味分かんない。あの黒髪ショートは鳴守がぶっ殺したはずでしょ!」
「俺はその辺の記憶も曖昧なんだが……なんで糞烏とやり合ってて、そっちの嬢ちゃんの話になるんだ?」
「どこか様子が違うとは思ってたが、【禁忌】の力は人を狂わす傾向もあるようだな」
かんしゃくを起こす鸚哥の耳に、鳴守の不思議そうな声と冷静な恭介の声が届く。色々と問題というか疑問はあるのだが、まずはそう、真代の事だ。
「あれは俺も騙されたな」
「最初、悲壮感半端なかったですもんね。知らないこととはいえ黙っててすみません」
「後ろの言葉だけなら、素直に受け取れたんだがな」
「ちょ、暴力反対!」
「なんなのよ……」
視界を遮られた中、周りでコントでも繰り広げているのだろうか。厳しい追及も覚悟していただけに、どこか力が抜けてしまう。
「あ、あの流石に目隠しのままは、可愛そうだと思うんだけど……」
「そうは言っても、変に情けをかけて逃げられましたじゃ、洒落にならないぞ」
「じゃあ、こういうのはどうかな……」
ごそごそと動く、大人しい声の女の子。
おそらく薔薇の化け物を操っていた子だろう。あれほどの能力を使いこなしていて、その実性格は穏やかなのだろうか。案外、能力は人の性格の全てを反映したものでもないのかもしれない。
「ああ、まあそれなら、な」
「いいんじゃないですか。どのみち彼女に選択権はありませんし」
「じゃあ、外すぞ」
「ん……」
女の子が鸚哥の髪を少し触っていたが、何かされたという意識はない。
目隠しを外され、眩しい日の光が目に入り込んでくる。ゆっくり慣らすように目を開け、当たりの様子を見渡す。身体は小栗の蔓により、手足ともに動きを封じられていたが、顔は動かすことができた。場所は先ほどと変わらない。どこから持ってきたのか、どうやら椅子に座らされていたようだ。
自分の状況を把握した後は、周りにも目を向ける。
鸚哥の前でチラチラ様子を窺う小栗、それを見守る恭介達。地べたで胡坐を掻いているのは鳴守。鸚哥のように拘束はされておらず、その周りには【黒天鳴音】の面々が心配そうに集まっていた。少し気持ちを落ち着かせた加恋の姿もある。
「まあ賑やかなことね。で、私は取って喰われたりするわけ?」
「物騒だなぁ。自由にはできないけど、そんな人でなしに見える?」
「少なくともあんたは信用できないわね」
「あはは、それは正解だね」
軽口を叩く修に悪態をつく鸚哥。その横には、腕組みをして様子を見ている真代の姿もあった。
「で、そっちの女が無事だったからくりは?」
「企業秘密。わざわざこの場で言う義理はないわ」
「はぁー……私に限らず、どいつもこいつも性格悪いわね」
鳴守の攻撃を離脱不可能な状態でもらってしまった真代。
防御力は一般人と変わらない彼女は、鳥籠の中で異空間に隠れることも叶わず、その場で散ったはずだった。しかし、実際にはご覧のとおり。他ならぬ彼女のもう一つの技能によって、その窮地を脱していた。
真代の能力『潜伏者』。使える技能は僅か二つ。
同じランクの修と比べても、その数は少ない。異空間を生成し自由に行き来ができる”寂しがりな夜”。そして、もう一つ”移り気な君へ”。これは、真代への攻撃を肩代わりする、身代わり技能だった。
まず彼女が鳥籠内で、異空間に逃れられなかった現象。
これは鸚哥の『鳥籠少女』の仕様によるものだろう。
鳥籠の中では、恭介の黒翼も使えていた。つまり、決して能力が使用できない空間という訳でもなかったのだ。おそらく外へ繋げた異空間への潜伏は、鳥籠からの脱出との認識に置き換えられた。その行為自体が禁止されていたため、能力が不発となったのだ。
退路を断たれてしまった中で迫る、致死の一撃。正に極限状態である。
決して技能全てが制限されたわけではなかったのだが、真代が本気で自分の最後だと思い込んでしまったのも無理がないことだった。その時に柄にもない台詞を吐いてしまった自覚があった彼女は、意地でもその話は蒸し返したくなかった。
対するもう一つの技能”移り気な君へ”。
これは他者の攻撃が発動のトリガーとなるため、鳥籠からの脱出行為とは認識されなかったようだ。仕組み自体は同じなのだが、その効果は「真代が致命的な攻撃を受けた際に、指定していた対象に自動で潜りこむ」というもの。
その指定していた対象は、計6本の投げナイフ。
真代が両足、太もも付近に装備していたものだ。対象に潜りこんだとき、その耐久が限界を迎えれば自動で召還されてしまう。代えのライフは次々に削られ、最後の6本目でぎりぎり収まった。つまり、あの時点で放り出されたナイフの中に、真代は潜んでいたのだ。
能力の特性上、見破られると脆い。
それが生死を分ける境だと認識していた真代は、恭介達にもこの技能のことは話していなかった。ただ一人、今までチームを組んでいた修を除いては。修とはなんだかんだチームを組むことが多かった。その過程で共有した情報だが、同じ日陰者同士、深入りはしなかった。しかし彼だけがその時、真代が置かれた状況を察していた。
再び場に戻った修は、遠目ながらにナイフの数を把握。
なによりもまず、壊れていなかったナイフを回収しようと動いた。あの状況では真代も出るに出られない。何かの拍子に召還されてしまったら、次に彼女を守る身代わりは何も残っていなかったからだ。
逸る心を抑え、小栗も巻き込んで一芝居打つことにした修。
本命は小栗だと誤認させ、自身は感情に任せて飛び出したふりをした。目論見通り、鳴守達の目に修は小物にしか映らず、まんまと真代が潜んでいるナイフを回収。混乱に乗じて設置した”転移門”での即離脱を成功させていた。
これで修の役目は終わり。
安全圏で真代との再会も果たしたのだが、事態はそれで収まらなかった。
本性を現した鸚哥に、暴走する鳴守。
修はもう帰りたくて仕方なかったのだが、真代は決して退かなかった。わざわざ拾った命。自分達の様な脇役には限界がある。修の説得も虚しく、再び戦場に戻ることにした真代。そこで修に頼んだのが、隙をついてのナイフ投擲。あれも、結局は鸚哥の裏をかくためのもので、鳥籠の中に潜入するための小細工だった。
押し切られた修は、予備の刀を真代に預け、それを急ごしらえの命綱とした。
これで最悪1回は刀の耐久分、耐えることができる。後はもう一つ、約束させたこと。飛び出るのは修の指示があってから。なにせ相手の懐に飛び込むのだ。用心しすぎて困ることはない。鳥籠の性質上、内側にさえ入ってしまえば、ほぼ作戦は完了したと思いたかったが、いかんせん未だ情報が少ない中で、綱渡りの作業だったのは間違いなかった。
「ほんとにもう……死んじゃったかと思って……」
「それは、悪かったと思ってる。……ごめんなさい」
「ううん、無事ならそれで……いい、ふふっ」
思い出して涙目になってしまった小栗に、素直に謝る真代。
恭介や修はそれ以上何も言わず、それを引き起こした鸚哥はばつが悪いように目を背け、鳴守ですら神妙な顔で俯いていた。
「しかし、面白い能力だよね。実に興味をそそられるよ」
「ん?」
しんみりした空気を物ともせず、あっけらかんと発せられた声。これまで周囲にいた恭介達とはまた別の声だった。これ以上登場人物を増やしてどうするんだと、嘆息しながらその方向に首を向ける鸚哥。
「ひぃっ!?」
「んん~? もう『災厄破片』は残ってないと思うが、君の瞳も実に独特だ」
目と目の距離がかなり近い。
唇が直接触れ合うぐらいの距離で、まじまじと観察されている。はっきり言って恐怖である。身動きができない鸚哥が顔を引きつらせるも、眼前に迫った主は、一向に構う気配はない。
「い、いいから、離れろ!!」
「おっと。はは、これがそうか。実に面白いね」
「光……少しは自重してくれ」
鸚哥の窮地に『鳥籠少女』が発動する。恭介に光と呼ばれた少女は、あっさりとその鳥籠に捕らわれてしまった。それでも嬉しそうに檻の柵を触ったり叩いたりして、その能力を観察しつくそうとする。
「今回は見逃すが、気を付けろ。軽率な能力発動は文字通り、自分の首を絞めることになるぞ」
「はぁ……なに言って……っ!?」
恭介の言葉に噛みつこうとした鸚哥の声が途切れる。
ひやりと自分の首筋に当たった冷たい反応。少し顔を向けると、そこには小さいサイズの薔薇の化け物が。目隠しを取る代わりに、小栗が髪に刺したもの。それが彼女の能力から生み出された薔薇だった。
「わ、悪かったって……だって、急でびっくりしたから」
「ああ。だから今回は大丈夫だ」
「うんうん……」
状況を理解した鸚哥の様子が、途端にしおらしくなる。
そうなるのも無理もない。今彼女は頭に爆弾を抱えているようなもので、これならよっぽど目隠しのままの方がましだった。大人しくなった鸚哥に満足したのか、くっついていた薔薇の化け物が、再び何でもない一輪の薔薇に擬態して戻る。顔を青くして涙目な鸚哥に、恭介は少し同情した。
「あ、それもすぐ解除するから……」
「いやいや、それには及ばないよ」
「えっ」
鳥籠を反射的に出したままだった。
これ以上反抗的だと思われたら、何をされるか分からない。鸚哥の心はもうすでに折れかかっていたのだが、そんなことは気にもせず、元気に閉じ込められた少女は、丁寧に断って見せた。
「自分で出られるからね」
その直後、恭介でさえ破ること叶わなかった鳥籠が、まるで紙のように中からさくっと切られてしまった。囚われだった少女の手には、彼女の身の丈ほどありそうな巨大な鋏。長いツインテールをなびかせながら器用にくるくると回して、やがてふっと消して見せた。
「どうだい? なかなかのものだろう……おや?」
「……追い打ちにもほどがあるな。小栗、これはもういいよ」
「そう? ……分かった」
「はっ……ははっ……」
小栗の能力に脅され、すでに心が折れかかっていた鸚哥。
さらには己の心の拠り所だった、絶対安全圏の鳥籠まで目の前であっさり破られ、涙目のままその場で固まってしまうのだった。




