83羽:反英雄の切り札
「少女……?」
恐らく小栗と同じぐらいの年だろう。
まだ少女と言える若い女の子がその場に出現していた。頭にはベレー帽、肩に少しかかるぐらいの髪に、両端では少しの毛量でまとめたツインテールがちょこんと生えている。可愛らしい顔つきをしているが、生気がなく無表情が張り付いたような表情をしている。
目もどこか焦点があっていない様子で、恭介は謎の胸騒ぎを覚える。
顔こそ恭介の方を向いているが、その視線は虚空に向けられていた。服は清楚で綺麗目、その姿もか細く、とても戦場に出るような役者には見えなかった。
恭介とは面識がない。
最近【黒天鳴音】に加わったメンバーなのか。まず能力者であろうが、そちらにも警戒しなければいけないだろう。これまで鳴守が恭介に挑むときは、常に1対1であった。別にそうと示し合わせた訳でも、そうしなければいけない訳でもなかったのだが、どこか自然とそうなっていたのだ。
「やれ」
「……」
短く言い放った鳴守の一言に反応する、突如現れた少女。胸の前に小さく両手を構えた少女が、今初めて恭介の存在に気付いたかのように、その視線で恭介を捉える。
「……!?」
その瞬間、反射的に恭介は大きく後退していた。
何かこの世のものとは思えない感覚が、体中を這い回る。古賀姉妹と向き合った時と同じような、精神を直接刺激するような視線。ただその時はまだ理解ができていた。おぞましい悪意に触れたプレッシャーだと。
しかし、今回はその出どころすら分からない。
何か根本的に触れてはいけないような、そんな領域に足を踏み入れてしまった、禁忌を犯した感覚。咄嗟に距離を取った恭介が地面に着地すると同時に、踵に何かが当たる。
「もう遅ぇ」
「これは……!!」
それは鉄の檻。
正確には、恭介を中心に設置された巨大な鳥籠だった。刀を少し振るう程度の広さはあるが、数回試したところで、早々に諦める。これは、物理的な破壊力でどうにかなるものではない。
「分かってんじゃねぇか。そいつからの脱出は不可能だ」
「……」
鳴守に”アビス”と呼ばれた少女は、その場で微動だにしない。物理的攻撃力では破れない、人ひとり閉じ込める強力な檻。もしかしたら能力発動中は動けないなどの制限があるのかもしれない。
「……くっ!」
「ああん?」
短く響いた悲鳴は、件の少女からではない。
それは恭介を救うべく、その能力を使っている少女を狙った真代だった。恭介と鳴守との戦闘が始まってから、周辺の封鎖などを指示していた真代は、少し前からこの戦場に戻ってきていた。音を消して背後から急襲した真代ではあったが、その手に持った電磁ロッドは、少女の周りにも出現した鳥籠によって、弾かれていた。
「決闘に水を差す、とんだ糞女だな」
「……戦況が悪くなった途端、2対1に切り替えたあなたには言われたくないわね」
「はっ! 言うじゃねぇか」
現在、真代は恭介と同じく鳥籠に捕らわれていた。
もしかしたら少女の視界に入った対象は、その効果の餌食になるのかもしれない。特定の条件はあるかもしれないが、複数人に行使できるのであれば、それははっきりと能研の脅威となり得る。
「久々にイラついたぜ俺は。どれ、一つ試してみようか」
「何を……!?」
鳴守の右手に集まった黒い波動が、力を溜めるように鼓動を打っている。
あれは彼の主要技能の一つ”黒色の衝撃”。手や脚に纏うことでその威力を増幅し、地面に打ち付けることで衝撃波を生み出すこともできる。
恭介との戦闘でも、幾度となく使用されていたものだ。
防御力にフォーカスを当てられがちな鳴守だが、こうした技能も併せ持っており、その攻撃力は決して侮れないものだった。
「内側から手出しできないのであれば、それは外からも同じでしょ」
「お、いいところに目を付けたな。その通りだ」
鉄壁を誇る鳥籠、それが使い手だけにいいように作用するとは限らない。
これはおそらく主に移動を制限する技能。つまり、閉じ込めて外からやりたい放題、ということはできない仕様との推理だったが、それに鳴守は平然と頷いた。
「こいつの能力は『鳥籠少女』。能力名しか教えやがらねぇから、そう呼んでるわけだが……」
目一杯右手に溜め込んだ”黒色の衝撃”を携えて、鳴守が真代の正面に回る。
「抜け道もあるんだよな」
真代の正面、鉄柵で囲まれた檻に突如、小窓の様なものが出現する。
「技能”秘密の小窓”。外からの攻撃を鳥籠一つにつき一度だけ、余すことなく通すらしい」
「……!!」
鉄壁の檻に捕らわれた相手を処刑する、無慈悲な一撃。内側から鉄の柵を握った真代は、迫りくる脅威を見つめるほかない。
「真代! 脱出しろ!!」
「無理ですっ! ……技能が、発動しません……」
「なっ……!」
真代の能力『潜伏者』。
自由に潜伏できる空間を生み出せる彼女の能力であれば、そもそも大人しく鳥籠に捕まることすら考えづらい。先にそのことに気付くべきだった。恭介の鳥籠の中で黒翼が吹き荒れるが、その攻撃は虚しく弾かれ、逆に恭介を傷つける。自身の攻撃に刻まれながら、それでも彼は最後まで抵抗した。
「真代っ!!!」
「恭介……ごめんなさい、ありがとう」
檻からそっと離れ中央に戻った真代。
いよいよとなったタイミングで、彼女は迫る鳴守ではなく恭介の方を見つめた。いつもクールな彼女が見せたことのないような、優しい微笑み。口からは自然と謝罪と感謝の言葉が漏れていた。
「死んどけ」
恭介の絶叫が、鳴守が振りきった右手拳から放たれた衝撃音に掻き消される。逃げ場のない舞台に、破壊力を極限まで高めた一撃が送り込まれる。衝撃により土ぼこりが舞い、視界が遮られる。
ようやく晴れた視界の先。
そこには真代を捕らえていた鳥籠はなく、彼女の姿もない。ただ彼女の身に着けていた装備がいくつか壊れて、その場に横たわっているだけだった。




