82羽:烏の影は闇より深く
恭介の攻撃、行動は全てが罠。
相手は防御力が売りの近接ファイター。当然倒すにはそれを上回る攻撃力が必要になってくる。しかし、細かい被弾を恐れず突っ込んでくる鳴守相手に、最初から大きい攻撃を何度も打ち込める可能性は高くはない。
そこで恭介のまず取った戦法、それが黒翼を展開しての手数重視での戦闘だ。
恭介の狙いは二つあった。相手の攻撃を捌き、感覚を掴むことで『自動回避』を使える状況に持ち込むこと。そして初手に黒翼を使った戦闘スタイルを見せつけることで、その印象を強く植え付けること。
これまでの鳴守と恭介の戦闘は、驚くほど短時間で決着していた。
恭介の必殺、意識遮断の技能にやられ、認識阻害で意識しないうちにやられ、集団催眠で裏をかかれてやられ。多種多様なバリエーションでぼこぼこにされており、その都度対策しては別の方法でやられるといった流れがテンプレ化。しかし、元々は穴の少なく優秀な能力持ちなだけに、徐々にその戦闘時間も長くかかるようになっていた。
その上での今回の戦闘。
『自動回避』は一見して、能力由来の効果だとは分かりづらい。まだそこを見切るには至ってなかった鳴守は、その術中に嵌り苛立ちを強めていった。頭に血が上りやすいタイプの彼は、乗せると怖い反面、感情が怒りに支配されると動きが単調になる。それでは慎重な恭介を捉えることは、なおさらできない。
攻撃を掻い潜り隙を作らせることに成功した恭介。
そこで決め手となったのが、影手1本分、武器強化の恩恵を受けて放つ”黒刃”である。
しかし、武器強化は影手1本を使用する。つまり黒翼を2つ解放した状態では使えない。なので、恭介は芝居を打った。最初は間違いなく影手2本を使用して黒翼を全開にして使っていた。ただ『自動回避』が有効になってからは、黒翼の使用をやめ、密かに武器強化へと移行していたのである。
もちろん見た目で分かる大きな違いになるのだが、鳴守は気付けなかった。
何故なら集団催眠”拡散する悪夢”により、彼の目には常に黒翼が映っていたからだ。よくよく見ていれば、だんだん黒翼からの攻撃の手数は減っていて、最終的には影手2本とも武器強化へ移行。黒翼はただの飾りとなっていたのだが、頭に血が上った鳴守はこれに最後まで気づくことはできなかった。
これが恭介の中で着実に組まれていた、鳴守攻略法。
能力の組み合わせだけではなく、『自動回避』により、防御に意識を割かれずにすみ、攻撃に集中できた=体感で攻撃の手数が減っていないと思わせた、恭介の戦闘運びの上手さもあったのは間違いない。
「糞がっ……」
派手に吹っ飛んだ鳴守が、瓦礫を掻き分けて起き上がってくる。
トランス体の変身は途切れ、今は生身の姿に戻っている。それでも背中に羽織る『闇外套』は健在で、それだけでも十分厄介な相手ではあった。
最後に恭介の放った”黒刃”三連撃。
本来恭介は影手2本分までは武器強化や黒翼に回しても、残りの1本は常に身体強化からは外してこなかった。しかし、黒刃二連撃では鳴守の防御を削り切れないと踏んだ恭介は、最後の影手までも腰に収めていた黒刀に密かに武器強化を回していた。
その黒刀はというと、認識阻害で隠していたほどの徹底ぶり。
恭介も恭介で決して余裕の立ち回りだったわけではなく、ある程度リスクを負っての賭けを行っていたのだ。もちろん身体強化の恩恵がなければ、鳴守の攻撃を凌ぎ切ることはできない。
移行したタイミングは隙を作った一瞬、三連撃を打ち込む直前。
三撃目はチャージが不十分で黒刃の威力を最大限発揮できていなかったが、ぎりぎり削りきるのには成功したようだった。
「いい加減投降しろ。何なら無理やりぶち込んでもいいぞ」
「はっ! それだけはねぇなぁ……」
ふてぶてしなく言い放つ鳴守。
彼は身体の埃を叩いて落としながら、改めて恭介に対峙する。ある程度鳴守の存在に利用価値があるとはいえ、ずっと野放しにするようでは能研の沽券に関わる。これ以上懲りないのであれば、より厳しく、それこそ【黒天鳴音】を壊滅させる勢いで当たらなければいけない。
恭介の体力も無尽蔵ではない。
タフさや持久力ではおそらく鳴守に軍配が上がるだろう。戦闘力もあるが、彼は誰よりもしつこい男であった。あまり戦いを長引かせるのも本意ではない。トランス体への変身技能のクールタイムが終われば、再びあれとやりあう羽目になる。恭介にとってそれだけは避けたいことであった。
切り札を破られた鳴守ではあるが、その様子にはまだ焦った様子はない。
形勢が悪くなると、心配した仲間が鳴守を強引に連れ帰るということもあったが、今回周辺に仲間の姿はない。深く息を吸い、ゆっくり吐き出した鳴守は、改めて恭介を睨みつける。
「本当にどこまでも憎たらしい野郎だ」
「それはこっちのセリフだ」
相手が引かないのであれば、恭介とて逃げる訳にはいかない。
未だ手ごわい相手ではあるが、トランス体には当然、戦闘能力は及ばない。勝負を決めるのであれば、ここで攻めるしかない。
「そろそろ決着を付けようぜ」
「望むところだ……!」
両者一歩も引かず。
再び戦闘に入るかと思われたが、武器を構えた恭介に対して、鳴守は自然体のままその場に佇んでいる。じりじりと恭介が間合いを詰めるが、一向に迎え撃つ姿勢は見せない。これまでにはなかった反応だ。
不気味ではあるが、いつまでも様子見はしていられない。
敢えてそうすることで、クールタイム解除の時間を稼いでいるとも考えられる。いずれにせよ、恭介には攻めるしか方法はない。いよいよ走り出そうかと前傾姿勢を強めた恭介の耳に、ぽつりと呟いた鳴守の声が届いた。
「出番だ。”アビス”」
その言葉に反応したのか、鳴守の横、何もなかった空間が割れ、中から何か出てくる。それは割れたところからゆっくりと顔を出し、その場に降り立つのだった。




