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SHADOW BIRD  作者: 下野 遊々
2章.芽生えた彩花は静かに揺れる

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80羽:パンドラの箱

 成子から苦笑が漏れる。


「敵意も悪意も、何も感じなかった」

「成子ちゃん……?」


 思えば成子の様子は途中からおかしかった。目の前で藍音が攫われたにも関わらず、小栗のように追いかけるそぶりを見せようともしなかった。


「敵意がなくても、そんなことできちゃうんだね」


 平気な顔して、笑顔で近づいて。


 敵意や悪意があったのであれば、最初から成子が彼女を藍音に近づかせなかった。でもそんなことはなかった。それでも、彼女は凶行に及んだのだ。


「ふふ……安心した。やっぱり相手にするなら、そんな屑じゃないとね」

「……!!!」


 遠く離れた加恋にも届き得る、成子の真後ろから吹き上がるもの。


 それは圧倒的なまでの殺意。成子にとって、いい人も悪い人もいるなかで、まだ感情で行動する人の方が理解できた。そこには、原動力足る譲れない想いがあり、それを守るために行動するのだと。


 成子は笑っていた。


 いったい何がおかしいのか、何がかなしいのか、自分でもよく分からない。それでも今確かに分かっていることは、自分にとって、絶対に許せない相手が今そこに居るということ。加恋は明確に、成子の地雷を踏み抜いていた。


「死んじゃえ」


 成子に覇気はない。しかし、それに反比例するかのように溢れだす憎悪。


 隣に居た小栗が、成子の変わりように言葉を失い、その場でへたり込む。もはや彼女を止めるすべはない。生み出されたのは、対象者を延々と狙う精神依存の技能”怨恨の骸(バッドフェイス)”。


 これにより、身体に傷を負うことはない。


 ただそれが一掠りでもしたら最後、絶対に助からないだろうという確信がある。心を壊され、廃人のようにただ生きているだけの人。それは果たして生きていると言えるのだろうか。その終わりを、いや始まりを告げるのは、成子から放たれた無数の『怨念髑髏』。


 成子と加恋の距離は大分離れていた、離したはずだ。


 それなのに、その距離が全く意味をなさない。加恋の目には世界を覆う暗黒、怨念を叫ぶ髑髏だけが拡がっていた。


「ちょ、まっ――」


 怨念に呑み込まれる。まさにその時、その間に一つの黒い影が割って入ってきた。


「そこまでだ」


 黒刀を二刀構えた恭介が、黒刃の二連撃を放出する。怨念の集合体は、その威力によって掻き消され、真っ白な空白を生み出した。


「……なんで邪魔するの」

「怒りは重要な要素だ。それにより、普段発揮できない力も出すことができる」


 小栗のようにへたり込んだ加恋の前に、仁王立ちする恭介。


 加恋の顔は青ざめ、もはや戦闘続行は不可能なまでの精神喪失状態だった。恭介は恭介で加恋を追っていたのだが、まさか先に成子達が接触しているとは思わなかった。様子を見ていたら、まさかの強硬手段を取った加恋。周りでは恭介ほか、真代と修もバックアップに回ろうと動いていた。


 そんなさなかに起こった、成子の暴走。


 感情が振りきれ、正常な思考ができていないと判断した恭介は急遽、こうして姿を現していた。


「だが、今は違う。もう相手に戦闘の意思はない。それに……」

「それに?」


 静かな恭介と成子のやり取り。


 一つでも対応を間違えたら、恭介と言えども襲われてしまうだろう。慎重に答えなければいけない。


「誰を巻き込むつもりだったか、考えなかったのか?」

「あ……」


 攻撃されることを恐れていないのか、いや攻撃されないと確信していたのか、恭介が成子から目線をそらす。そこには無茶な軌道と、悪意に当てられて気を失って倒れている藍音の姿があった。


「私は……うっ……おぇえええあああ……!!?」


 膨れに膨れ上がった、これまでになかったほどの『怨念髑髏』。それは使い手をも蝕んでしまったのか。現状を理解した成子は、胃に溜め込んでいたものを盛大に吐き出した。


「ううっ……はっ、はっはっはっ……!!!」

「せ、成子ちゃん!?」


 何度もえずき、苦しい呻き声と過呼吸が続く。茫然としていた小栗も我に返り、成子の元へ駆け寄り背中を懸命に擦る。


「修、いるか?」

「はい」


 恭介の呼びかけに、ぱっと修が応じる。


 少し離れた位置から移動技能”一足飛び(ループホール)”で飛んできた修は、己の役割を理解した動きで、成子と小栗の近くに降り立つ。


「手を貸すよ。今日はもう休んだほうがいい」

「……ごめんなさい」


 小栗が側について介抱したのが多少は効果があったのか、今は少し落ち着きを取り戻した成子。修に肩を担がれながら、この場を転移で後にした。


「恭介さん……」

「一部始終はこっちでも見ていた。……合流が遅れてすまなかった」

「いえ、ほんとは私がもっとしっかりしていれば……!」


 自分を責める小栗の頭を多少乱暴に撫でる。もうそれ以上の懺悔の言葉を言わせる気はなかった。


 急遽の合流となった恭介は、改めて状況を確認する。


 藍音を中心に巻き起こった騒動。そこには【黒天鳴音(ハウリングノイズ)】も深く関わっていたのだろう。放心状態の加恋がいることが、その証拠にもなる。今は事情を聴けるような状態ではないが、場を収めたほうがいいだろう。修が戻ったら再び移動をしようかとした恭介に、別の声がかかる。


「とんだ化け物を飼ってるんだな、能研は」

「鳴守か」


 どうやらこちらも恭介と同じく様子を窺っていたらしい。【黒天鳴音】のリーダーである、鳴守 胤人が姿を現していた。


「おうよ。真打ち登場までに散々遊んでくれやがって。いじめか、こら」

「やかましい。今はお前に構っている暇はない」


 待機していた恭介の領域には、当初鳴守の反応はなかった。仲間内に転移系の能力持ちがいたのかもしれないが、今の恭介に細かい分析は難しかった。


「とりあえず、加恋は回収させてもらうぜ。可愛い俺の女だからな」

「好きにしろ」


 鳴守と一緒に来た仲間達が、慌てた様子で加恋を回収している。


 彼女も直接くらったわけではないが、強烈なまでの悪意が自分目掛けて押し寄せてきたのだ。なかなかすぐに復帰はできないだろう。


「で、お前のお目当てはこの子か?」

「おう。話が早いじゃないの」


 二人が向ける目線の先には、藍音の姿。


 今は小栗に半身を起こされ、少し気を取り戻しかけている。不幸中の幸いか、加恋と同じほど悪意には当てられてはいなかったのか、ぼんやりとはしているが、ゆっくりと覚醒しそうな気配を見せていた。


「この子はちまたで噂されていた『女神』。そんな噂を聞きつけたお前は、その回復能力を欲した。そんなところか?」

「はっは、話が早いのは助かるぜ」

「そうか」

「……!!」


 言葉と同時に飛んだのは黒の斬撃。普段の恭介からしたら、決してしないような不意をついた攻撃であった。


「はっ! 手が早いのも嫌いじゃないぜ!」

「お前に好かれても何も嬉しくはない」


 引き抜いた黒刀で示し、小栗を下がらせる。


 藍音を庇う彼女は戦う意思を示したが、この男と戦うのは初めから自分だと決めている。それに、まずは巻き込まれてしまった藍音の安全確保が最優先だ。無言の圧力を放つ恭介を前に、小栗はそれに従って藍音と共に、修の設置した”転移門(トランスゲート)”から離脱した。


 これで二人を妨げるものは何もない。


 鳴守の仲間も、加恋を連れてすでにこの場を離れていた。二人して戦闘態勢に入る。元から散々やり合ったことのある仲だ。彼らの間にあるのは肉体言語。己の意思と主張を曲げない、伝えるための拳、それだけだ。


「【黒天鳴音】頭目、【反英雄(ダークヒーロー)】鳴守 胤人」

「能研戦闘班所属、【影夜叉(かげやしゃ)】東 恭介」


「「お前を倒す」」


 短く言い放った言葉が重なる。その瞬間に戦いの火蓋は切って落とされたのだった。

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