79羽:零れゆく想い、願い
近くの公園のベンチで並んで話す3人組。
「へぇ~、能研の人だったんだぁ」
「まあね。今は大学の帰り?」
「うん、今日は午前中の講義だけだったから。あれ、私大学生って言ったっけ?」
「あはは、そんな気がしただけだよ」
二人は能研の制服に身を包み、一人は私服だ。
堅苦しい雰囲気はなく、和やかに話は進んでいる。藍音を追っていた成子と小栗、そしてその藍音である。成子のコミュニケーション能力が高いのもあるだろうが、藍音もまるで最初から友達だったかのように、にこやかに応じてくれている。
(少し警戒心なさすぎかなぁ……ほんとにいい子なんだね)
遠目で見るだけでは美人寄りなのだが、綺麗な微笑みというよりかは、子供の様な可愛らしい、天真爛漫な笑顔だ。その笑顔は、自分だけでなく人も幸せにする。恭介が語った、普通に生活する人々を守るための能研。その言葉が少し染みて感じた成子であった。
ただいつまでも世間話をしている訳にもいかない。
彼女のことをもっと知り、何かに巻き込まれていないか確認する必要がある。何もなければもちろんそれが一番いい。しかし、貴重な能力持ちでありながら、他人のために惜しみなく使うその姿勢は、他人事ながら心配になってくる。
「この前はありがとうね。ああいうことってよくやってるの?」
「あ、うん。私そそっかしいから……」
「誰かに無理強いされてるとか、そんなことはないよね?」
「……?」
「ああ、ごめんなんでもない」
質問の意味がまるで分からないと首を傾げる藍音に、成子は頭を抱える。
果たして人を疑うということを知っているのか、こっちが逆に疑ってしまいそうになる。社交性を磨き、人の顔色を窺う術を身に着けた成子だったが、この藍音だけは全く読めない。
ただ裏がないだけなのだと、そう思ってしまえば楽なのだが、実の姉妹の心の内すら分からなかったのだ。それだけにそんな訳がないと、成子は簡単に納得することはできなかった。
「それじゃ、ここ最近何か変わったことはあった……?」
「え? う~ん、そうだなぁ」
うんうんと唸ってしまった成子を置いて、今度は小栗が藍音に質問をする。
とりあえず今現在、何か人の思惑に乗せられている、ということはなさそうだった。あくまで彼女に話を聞く切っ掛けになったのは、たまたまの出会いからだ。どこか心配なのは変わらないが、二人にも任務がある。全く関係ないのであれば、早々に見切りをつけるべきだろう。
「あ、最近治療のお願いされることが増えたかな?」
「それはどういった人達に?」
「んー、なんか能力でやんちゃして生傷が絶えないとか言ってたけど、今はそういうのがなくても声かけてくれるよ」
「……それは能研の人ではなくて?」
「うん、制服は着てなかったかな。そういう話もしなかったし」
能力を比較的よく使う、能研所属ではない人達。
基本的に1区は不要な能力の使用は認めていない。もちろん1回使ったら即通報されるとか、そんな世紀末レベルではないが、もしそれが事実であれば、大分対象が絞られてくる。意図せずとも、そんな能力者に協力してしまっているとしたら、藍音の立場もあまりよくならないかもしれない。
「藍音さん、それは……」
「よう、元気か?」
小栗が慎重に説得を試みようとした矢先、急に別の声が割って入ってきた。
成子ではない。声を掛けた主は、ベンチに座る藍音の目の前に立っていた。髪の長いすらっとした女性だ。話し合いに夢中で人の接近に気付いていなかったのかもしれない。藍音の知り合いだろうか。
「この前は助かったぜ、これ」
「あ、あの時のお姉さん! お元気そうで何よりです」
「ああ、そっちもな」
話しかけてきた女性の手には淡く輝く光。
どうやら小栗と同じく、藍音に治療してもらった人らしい。小栗はちらりと成子の様子を横目で見るが、何か警戒して行動を起こすような素振りは見せていない。
「話し中に急に悪かったな。あの時はバタバタしてたし、お礼をちゃんと言いたかったんだ」
今度は成子達にも軽く話を振ってくる女性。
どうやらただ藍音を見かけて声を掛けただけのようだ。こうした輪が広がること自体は好ましい。ただ誰もが善良な人とは限らない。藍音の良さを消してしまうようで心苦しいが、やはりある程度は人を選んで行動してもらうよう伝えるべきだろう。
「お礼にジュースでも奢ってやるよ、ほら」
「え、そんな! 悪いですよ!」
「気にするなって、うちの面子もお世話になったみたいだからな」
「そ、そうですか?」
ちょっと強く勧められたら断れない藍音は、差し出された女性の手をパッと取ってしまった。
「悪いな」
女性がぼそっと藍音の耳元で囁いた。それは謝罪の言葉。
「え? ひゃあ!?」
「何を……!?」
女性が藍音の手を取ったかと思うと、急に身体を引き寄せ、そのままお姫様抱っこで連れ去ってしまった。白昼堂々行われたまさかの誘拐劇。しかも能研所員がいる目の前でだ。
女性の動きは素早かった。藍音を担いだかと思うと、尋常ではない速度で瞬く間に小栗達との距離を離してみせた。
彼女の名前は榎本 加恋。はぐれ者の能力者が集う【黒天鳴音】のNo.2であり、B+ランクの異能『韋駄天』を持つ能力者。彼女の能力区分は『増幅型』に当たる。
その中でも彼女は「脚力強化」を大きな武器にしていた。
一般的にただの身体強化、それも手や足などの一部位だけの能力では、不器用且つ汎用性に欠けるとあまり評判はよろしくない。知ったかぶりをする能研所員の中には、それを外れだと言い放つ者すらいる。
多種多様な能力、特に『干渉型』は応用可能な能力として歓迎されやすいのも事実だ。
だが、一撃の威力が最大の効果を発揮するのは『増幅型』ならではだ。一極型の能力は突き詰めれば何物にも勝る武器になる。それを今まさに体現しているのが、加恋の脚であった。
しかし、彼女は知らない。いったい誰の近くでそんな暴挙に出てしまったのか。
「させないから……!!」
先に動いたのは小栗。
小栗の周辺の地面を割って出てきたのは、複数の薔薇の化け物。小栗の能力『嘆きの華』から生まれたそれは、主からの命令を遂行すべく、唾液をまき散らし奇声を発しながらその咢を獲物に差し向けていた。
なんでもない公園が、一瞬にして小栗のフィールドとなる。
もちろん加恋も能研所員の前で誘拐をするなど、リスキーな方法を使いたくはなかった。だが「女神」である藍音を迎え入れるのは、彼らにとっての最優先事項。能研に先回りされたと焦った彼女は、咄嗟のアドリブで芝居を打ち、まんまと藍音を奪うことに成功していた。
藍音を抱えているため、本気のスピードまでは出せていない。
それでも後から容易に追いつけるものでもない。腕の中の藍音は何が起こったのかよく分からず、ただぎゅっと目を瞑り加恋にしがみ付いている。
「は!? なんだそりゃ!?」
しかし、その横にぬっと現れたのは、さっきまでは存在もしていなかった薔薇の化け物。映画の中でしか見たことのないような存在を見せつけられ、軽く加恋の顔が引きつる。
「おぅわ!? 見境なしか!?」
そして容赦なく襲い掛かる蔓の嵐。食虫植物のようなフォルムではあるが、そう謳うにはサイズが全く可愛くなかった。彼女も彼女で必死だ。作戦にはあまり乗り気ではなかったし、加恋が藍音に治療してもらったというのも本当だ。
あの時伝えた感謝の気持ちまでは、嘘ではない。
それでもチームのため、リーダーのため、無垢で優しい女性を利用することを選んだのだから、結局彼女も救えない。それは彼女自身が選んだ未来。こうした危険も甘んじて受けざるを得ない。
「なめん、な……よっ!!」
戦闘班に所属する能研所員ほどではないが、加恋の踏んだ場数もなかなか侮れない。
能研に放っておかれる程度の戦力ではあるが、彼らのチーム【黒天鳴音】が生き残っている理由は、リーダーである鳴守と、この加恋の力によるところが大きい。
人を抱えた状態で、後ろから迫る薔薇の化け物をひたすら躱して進む。
小栗にも藍音を巻き込んでしまいかねない不安があるため、本気の攻撃ではない。しかし、少なくとも足止めはしようとしている。だがそれでも加恋の脚は止まらない。
「これでもくらっとけ!」
そんな中、一瞬振り返った加恋の反撃。口に咥えたままだったタバコが宙を舞う。
ただのポイ捨てにしか見えなかったが、それは一瞬の内に加速し、蔓に巻き込まれたかと思うと、瞬く間にその炎の範囲を広げた。奇声を上げて呻く薔薇の化け物。能力で生み出したものではあるが、やはり植物ベースではあるのか、火には弱いようで、小栗の制御が効かない。
「だめっ! このままじゃ……!!」
焦る小栗だが、今更ここから新たに召還しても、もう追える位置にはいない。それほどまでに彼女の脚は速かった。
(危ねぇ……いつからあんな化け物いたんだよ! 聞いてねぇよ糞が!)
加恋は戦闘経験が豊富だ。
だから直接やり合うような戦闘班の面子は、だいたい把握していた。
今回藍音の傍にいたのは、見知らぬ能研所員が2名。加恋が近づいても隙だらけだった彼女達を見て、受付嬢か事務員かと思っていた。それなのに片方はとんでもない化け物を飼っていた。本気で来られていたら、加恋でも逃げきれていたかどうかは怪しかっただろう。
後ろを振り返るが、すでに二人は豆粒のように小さくなっている。
タバコもただの苦し紛れの一撃にすぎなかったのだが、うまいこと効いたようでよかった。彼女の能力『韋駄天』は脚力強化のみの能力と思われがちだが、実はそうではない。
彼女の能力の効果、その神髄は「速度を速めることができる」というもの。
それは脚力に限らず、例えば飛ばしたタバコの宙を舞う速度だったり、さらには火が燃える速度すら操ることができる。通常であればポイ捨てと同じように、そのうち灯っていた火は消え、ただのゴミとなっていただろう。
だが彼女は能力で無理やりその力を活性化、速めてみせた。
速度を増した火は、そのまま蔓を伝って連なる火力となり、瞬く間に燃え広がった。綱渡りではあったが、これは加恋の機転によるもの。今までの戦闘経験が活きた形だ。
思わぬ大立ち回りとなってしまったが、目的は果たしたも同然だ。
何も盗って食おうとわけでもない。彼女には不自由な思いをさせてしまうかもしれないが、これもチームのためだ。人の良い彼女なので、案外あっさり手伝ってくれるかもしれない。安心感からかそんなことまで考えてしまっていたが、不意に胸騒ぎを感じて、ばっと後ろを振り向く。
そこには途方に暮れる小栗と、俯いたままの成子の姿があった。
そう加恋は大きな勘違いをしていた。最初から、化け物は二人いたのだ。




