77羽:闇に蠢くもの
1日目の探索が終わり、2日目の任務を迎えた朝。
「情報だけで判断するなら、この子だな」
「あ、このお姉さんだ! ね、くりちゃん」
「うん、間違いない……」
「そうか」
件の女性の件を報告した成子達に、恭介が端的に答える。
恭介の手元の端末には、能研のデータベースに登録されている能力者の一覧がある。今は一人の女性の顔写真と、基本的な能力データが表示されていた。
「藍音 クラウン、19歳。今は特区内の大学に通っているな」
「能力名は……『癒しの輪』。わ、A-ランクだって!」
「すごいね……」
彼女が能研で能力登録をしたのが約2年前。
貴重な回復能力持ちであり、当時はかなり能研への入所を勧められたらしい。しかし、本人や家族の同意が得られず、能力登録だけは済ませて、以来普通の学生として特区で生活を送っていた。
「なんか強い能力持ってる人は皆能研に入ってるイメージだったけど、そうでもないんだね」
恭介から受け取った端末を眺めながら、成子がぽつりとこぼす。
成子や小栗は共に強力な能力に目覚めたばかり。恭介達との邂逅を経て、戦闘班に所属する形となった。ただ出会い方が違えば、他の部署の配属になることも、あるいは能研に入らなかった未来もあったかもしれない。
「配属先にもよるが、中には危険な任務もあるからな」
「たいへん……だね」
中には前線に出ず、オフィスワークが中心の研究職も当然ある。
解析班などがそれに当たるが、やはり能研のイメージとしては、能力をフル活用して戦う、戦闘班のイメージが強い。それだけ能力に酔い、犯罪や荒事に使われている現状があるのだが、こればかりはそう簡単に解決することではなかった。
「当然だが、本人や家族の意思は尊重しないとな。そうした人達の生活を守るための俺達でもある」
「ひゅ~、格好いいねお兄さん」
「茶化すな」
「ふふ……」
冷やかす成子にため息をつきながらも、能研所員としての心構えを語る恭介。実に模範的な回答であったが、恭介はそうした答えがすっと出てきた自分自身に少し驚きを感じていた。
恭介が正式に能研に入ったのは、幼馴染の甘菜が任務で負傷を負ってから。
その時は二人とも以前の日野 大智のように、仮服での登録となっていた。己の力不足を嘆いた恭介は、それからひたすら自分を追い込んだ。血反吐を吐くような修練と実戦をこなし、現在の戦闘能力を得ることができたが、結局はどこまでも個人的な動機が理由だった。
今でもその頃の想いは変わっていない。
だが任務をこなすに当たって、先輩や同期の能研所員と戦場を駆けて育んだ絆が確かにあり、溢れる能力に運命を翻弄された能力者達との出会いも数多く重ねてきた。そうした中で恭介の世界は、徐々に外へと広がっていったのだろう。
今はこうしてチームの頭を任されるまでになった。
調子のいい成子、優しく見守る小栗。いずれも恭介が戦闘を通じて心を通わせることができた人達だ。不器用な彼は、そういったやり方しかできないが、それで救われる想いもある。
何気ない会話で現在の自分の位置を再確認した恭介。
ずっと後ろ向きで、過去を睨んでばかりいた恭介でも、こうして未来を語ることができたのなら。それがきっと、誰かの希望になれる日も来るだろう。
「それで、今日はどうします?」
「ああ、俺達は引き続き情報収集に当たるが、二人には彼女を追ってもらおう」
和やかな雰囲気にすっと入ってきたのは修。真代しかり、こうしてマイペースに回していける人材も今の恭介にはありがたい存在だ。
「彼女が今回の任務に関係があると?」
「関係性は今のところ不明だ。ただ今までこうした報告はなかったし……何かに知らずに巻き込まれている可能性もある」
「まあ……手掛かりがない以上は、今はどんなところからでも情報集めないといけませんからね」
「そういうことだ。では行くぞ」
今日の方針を決め、再び動き出した恭介達。
まだ何の手掛かりもあってないような状況だ。しかし、恭介の胸の内には、何か大きな歯車が動き出したような、そんなざわめきを覚えていた。
*
「ねぇ」
「なんだ」
ここはとある倉庫の一角。
彼らがよく溜まり場に使っている場所である。日陰者の自覚がある彼らは、こうして能研の目を掻い潜り、世の中に悪態をつきながら時間を潰す。
「あたしらが裏で動いてるの、そろそろばれてるんじゃない?」
「はっ!」
たむろしている男達のなかで、線の細い女性が一人。
がさつな男達の中の紅一点、しかし愛でられるお姫様ではなく、姉さん的ポジションの女性のようだ。癖のないすらっとした長い髪を掻き上げ、タバコを咥えたまま横の男に声を掛ける。
隣に居るのは、オールバックでばっちりきめた大柄な男。
おそらくこの場にいるリーダー格だろう。背中にはオーバーサイズの外套を纏っている。
「溢れ出る俺のカリスマは、隠したところで収まるもんでもないようだな!」
「……」
いつもの不敵なまでの自信。
他者にはないその風格で、はぐれ者の頭を張ってきた彼ではあったが、隣の女性は不安にしか思ってなってないようだった。
「別にいいけど、やるならちゃんとやりなさいよ」
「もちろんだとも! 【反英雄】の俺が『女神』を手中にしたのであれば、向かうところ敵なしだ!」
「はぁ……惚れる男、間違えたかな」
彼女のぼやきは男の高笑いに掻き消され、取り巻きの男達も便乗して騒ぎ出す。
「そんなに心配することはねぇよ、加恋。俺達には他に切り札もある」
「あっそ。どうでもいいけど、下の名前で呼ぶな」
「ああ? 俺は可愛いと思うけどな。今更かしこまる間柄でもないだろ、なぁ加恋」
「うっさい! もう喋るな」
顔を少し赤くし、照れ隠しの罵倒を浴びせる彼女に、やれやれという仕草で応える男。
可愛らしい名前が自分には似合わないと思っている彼女は、名前で呼ばれることを嫌う。うっかり呼んでしまうと鉄拳が飛んでくるのだが、それでも気にせず呼び続けるリーダー格の男は、ある意味大物と言えた。それがいつものやり取りなので、周りの男達もただにやにや見つめるだけだった。
「今まであの糞烏にやられっぱなしだった俺達だが、ようやく運が向いてきた! 【黒天鳴音】の旗を、ここに派手にぶち上げるぞ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
リーダー格の啖呵に呼応した男達のボルテージが一気に上がる。
1区の小物と評された彼らではあったが、その牙は淡々と研ぎ澄まされていたようだ。紅一点の彼女はため息を隠さなかったが、やがてゆっくりとその輪に加わっていくのであった。




