76羽:揺れる彩花は出会う
「はあ~、くりちゃん可愛すぎ!」
「えへ……ありがとう」
こちらは成子・小栗のペア。
小栗はいつものゴシックドレスではなく、私服を着ている。
乙女の純情を形にしたような白のワンピースに、少しつばの大き目な帽子。清楚で品のある衣装であり、いいとこのお嬢様感がしっとりと表現されていた。今回は小栗も前面に出て探索を行う。恭介からは悪目立ち防止のために、私服で来るよう伝えられていた。
女子でも見惚れる小栗の可愛さを、手放しで褒める成子。
ゴシックドレスを正装と言い張る小栗は、能研の作戦時はほぼその衣装で参加していた。今回小栗の保護者役を買って出たのが成子であり、こうして二人して街中でのお出かけをカモフラージュとして、作戦に当たっている。
とはいっても、成子自身は割と遊び気分であった。
成子の能力は感知能力や人の悪意と言った、負の感情に勝手に反応する特性がある。恭介の期待に応えたいのは山々だが、成子自身にはあまり任意でどうこうできない部分なのである。ただ手掛かりが少ない以上、今回はそういうところから手がかりを見つけていくしかないだろう。
「そういや、なんで女神なんだろうね?」
「なにが……?」
「いや、今回の相手。どんな人か全然分かってないんでしょ?」
突拍子もない、だが得てして的を得ている成子の問いに、小栗は静かに答える。
「あー……歌が聞こえたんだって」
「歌?」
「うん」
女神、つまり能研は今回の対象者を女性として認識している。
それは以前にあった、能力者同士の小競り合いから得た情報であった。見回りをしていた能研所員が、能力者達の抗争を目撃。仲裁に入った能研所員も巻き込まれ、ちょっとした戦闘に発展したのだが、その最中に澄んだ歌声が聞こえてきたという。
「女神が……そうだ、俺はこんなことしてちゃいけないんだった」
「ああ、人同士なら分かり合えるはずだよな……」
そう呟いたのは、血気盛んだった能力者達。
突如トーンダウンした彼らに意表を突かれている間に、蜘蛛の子を散らすように解散したため、能研所員も追うに追えなかったらしい。その辺りから能研内でも流れ出したのが、女神の存在を仄めかす噂。実際、能力者達のそうしたトラブルも激減していったという情報もあるようだった。
「ふーん……それでねぇ」
「そんな人がいるなら……いつか聞いてみたいよね」
「そうだね~」
ジュース片手にぶらぶらと探索する二人。
今のところ成子の技能”怨恨の骸”が何か反応を示したものはない。小栗の展開している薔薇の監視網にも、これといった情報は入ってこなかった。
「きゃ……!」
「くりちゃん!?」
「わ、ごめんなさい! 大丈夫!?」
日差しが強い中、少しぼーっとしていたのかもしれない。
正面から人にぶつかり軽くよろけてしまった小栗。幸い持っていたジュースも零さず、目立った外傷もなかった。小栗にぶつかった女性にもけがはないようだった。
真代と同じぐらいのすらっとした身長で、年齢も同じか少し若いぐらいだろうか。揺れる長髪は真後ろでハーフアップにしている。ハーフアップの先が尻尾のように振られており、それもどこか可愛らしい。スタイルもよく、どこかハーフのような綺麗な顔立ちをしている女性だった。
「ほんとごめんね! ちょっとよそ見してたみたい」
「いえ、大丈夫です。こちらこそ、すみません……」
「えっと、お詫びになるか分からないけど、これよかったら!」
「え?」
控えめな小栗に構わず、ぐいぐいと来る女性。
その女性が小栗の空いた手を両手で掴んだかと思うと、淡い光が輝き、小栗の手に残る。十中八九能力によるものであったが、何分急なこともあり、小栗はその光を見ながらきょとんとするだけだった。
「あっ……またやっちゃった!?」
「あはは、お姉さんもなかなかそそっかしそうだねぇ。それ心配してやってくれたんでしょ?」
わたわたする女性に、成子がすかさずフォローに入る。
今知り合ったばかりの女性であるが、嫌な感じはしない。精神や感情の揺らぎなどから、その人が悪意を持って近づいていないことは、成子にはよく分かる。彼女はその逆、慈愛に満ちており、小栗の手に残った光も、彼女の人柄を象徴するように優しい温もりを残していた。
「うう、ごめんね~。私よく弟にも注意されるんだけど、もうちょっと落ち着いて行動したらって」
「あはは、別にここで能力者に会っても驚かないし。なんか回復系のやつ?」
「そう! 私の能力は残してても効果あるから! あ、もちろん変なことはないから!」
ばたばたと手振り身振りでアピールする女性に、笑みを浮かべて対応する成子。
「うん、分かってるよ。それよりお姉さん急いでなかった?」
「ああ!? ほんとにごめんね! それじゃっ」
「ばいば~い」
手を振る成子に、小栗がゆっくり近づく。
「ふふ……面白いお姉さんだったね」
嵐のように現れて、あっという間に去ってしまった女性。
結局小栗に掛けられた能力がなんなのか、分からないまま別れてしまった。手に残る温もりも薄れ、光も消えかかっていることから、そこまで効果が長続きしないものなのかもしれない。
「さて、それじゃ探索再開しますかぁ」
「あ……」
「くりちゃん?」
行動を再開しようとした成子だが、小栗が何か手のひらを見つめ立ち止まっている。その手は先ほど女性からの能力を受け取ったほうの手だ。今は輝きも失われつつあるが、小栗には何か見えているのだろうか。
「淡い光に照らされて……人のつながりが見える」
「どういうこと?」
話が見えない成子に、小栗が懸命に説明しようと試みる。
どうやら先ほどの女性に能力を掛けられた人は他にもいるらしく、その繋がりが目には見えなくてもなんとなく感じるらしい。決して不快な感じはなく、小栗自身誰かに見られているような感覚もない。ただ一人ではないという、どこか安心感を感じるのだ。
「もしかして、案外有名な人とかなのかねぇ」
「どうだろう……探索終わったら、また報告してみるね」
こうして多少のハプニングはあったものの、探索を続行した成子・小栗ペア。この女性との出会いが、今後の状況を大きく変えることになろうとは、今の二人には知るすべもなかった。




