74羽:誰の心にも
「あ、おつかれさーん」
「お疲れ様です。お待たせしました」
ここは能研のロビー。
ソファーに座って待機していた恭介にかかる、二つの声。古賀姉妹の姉、芽衣子と妹の成子である。二人の顔を交互に見て、そっとほっとしたように息を吐く恭介。
「大丈夫でしたか? 体にメスとか入ってないですか?」
「あはは、お兄さん、それおもしろいね」
「目がマジな感じだけど……。私達は平気です、簡単な質問とかだけだったので」
『怨念髑髏』騒動の翌日、古賀姉妹は恭介に連れられて、能研を訪れていた。
二人にはすでに反抗の意思はない。
能研への協力にも前向きではあったが、いかんせん扱いに困ったのは能研側だ。なにせ恭介の説明だけでは、理解が追いつかない異常事態のオンパレード。話が回るに回り、とうとう1区のTOP3【三輝星】の一角、狂人と呼ばれる【狂博士】に呼び出されていたのだった。
同じ【三輝星】には戦闘力全振りの憑神がいる。
だが癖の強さで言えば【狂博士】も負けていない。彼女の所属は研究部の解析班。S-ランクという強力な能力を身に宿しながら、戦闘には一切興味を示さず、能力の成り立ちや効果などに深い関心を示す人物だった。
慌てたのは能研だ。
当然、宝の持ち腐れと、能研側は戦闘を生業とする、開発部戦闘班への所属を強く勧めた。しかし、彼女は頑なにそれに応じなかった。妥協案として研究に没頭できる環境を用意する代わりに、【三輝星】の席に座らさせ、有事の際には対処に当たることを渋々だが納得させた。
珍しい能力には目のない彼女の目の前に、極上の餌を用意したらどうなるか。
いつかの日野兄妹も珍しい能力持ちだったが、彼らはその毒牙にかかる前に1区を後にしていた。後で散々文句を言われた恭介ではあったが、古賀姉妹が無事に出てくるか半信半疑だったのは、そうした事情もあった。
「それで、どうでしたか?」
「んー、やっぱりね。あれは早々起こり得ないみたい」
「基本的にはどっちか片方が、能力の主導権を握ってる状態らしいです」
能力の成り立ちや、その理自体に深い関心を示す【狂博士】。
彼女の能力は戦闘はもちろんだが、能力解析にも秀でたものを持っていた。その彼女が出した結論。前日に古賀姉妹が見せた「悪意の塊」とでも言えそうな、強力な共鳴能力は簡単に発動できるものではなさそうだった。
両者の波長が極限まで一致した状態でのみ発動する、一種のトランス状態での一撃。
使いこなせればもちろん強力だが、基本的にはその運用は避けた方がいいとの結論が出た。ただでさえ強力な能力だ。能研でも持て余してしまうその共鳴能力は、しばし封印することとなった。古賀姉妹も特別それに反対する気はないようだ。
「あれは、今までのすれ違いを埋めるための儀式? みたいなもんだし」
「ええ、お互いの気持ちを確認できた今、あれに縋る理由はありません」
姉妹は今日もしっかりと手を繋いでいる。元々仲の良かった姉妹ではあったが、本音を全てぶちまけ合い、その仲は今まで以上に深まったらしい。
「そうか。二人がそう言ってくれるならこちらも助かるよ」
二人の様子を眺め、ようやく控えめな笑顔を見せた恭介。
二人の安否も気がかりだったが、姉妹の心情も心配していた恭介にとって、その心配はないと、態度で示してくれた二人の心遣いはありがたかった。
「しかし、そうなると一つ問題があってだな」
「あー……、お兄さんのチームに加わるってやつでしょ?」
あくまで恭介達の都合になるが、避けては通れない話なのは間違いない。
今回の【A級案件】『怨念髑髏』においても、今後の【S級案件】を見据えた上でのミッションだった。強力な能力持ちを確保したかった恭介達にとって、姉妹は逃せない逸材だった。
「だから昨日も言ったけど、私がやるって」
「もう、だめだって! 元々私が発端なんだから、私が行くよ!」
「大学の事もずっと引きずってたせいちゃんには無理だよー」
「そんなことないもん!」
わーわー言い合う姉妹を他所に恭介は一人考える。
基本的にはどちらか片方が能力の主導権を握っている状態。つまりその間は、もう片方は能力を持たない、ただの一般人に近い存在と言える。二人で能力を使えるのであれば、二人に協力を仰ぐつもりであった。だが流石にこの状態では、どちらか一人しか連れていくことはできないだろう。
「もうこうなったら!」
「お兄さんに選んでもらおうじゃない!」
「え?」
「「どっちを選ぶんですか!!!」」
急に究極の二択を迫られてしまった恭介。
能力の芽生えだけで言えば、間違いなく姉の芽衣子のほうが早かっただろう。そこを主張する姉の意見には頷ける部分がある。しかし、恐らく戦闘向きなのは妹の成子の方だ。
突然憑りついた『怨念髑髏』にも動じない精神力。
能研所員と敵対しても余裕を崩さなかった態度も、実に戦闘班向きだ。薄々と能力の出どころには気づいていたのかもしれないが、きっとうまく能力を扱えるのも彼女の方だろう。
「それじゃあ……成子さんの方で」
「そんなぁ……」
「ほらね。お姉ちゃんは大人しくお留守番しといてよね」
一生恨まれそうな二択を託されてしまった恭介は、最終的には妹の成子を選んだ。
これから臨むのは新たな【A級案件】、そしてゆくゆくは能研のタブーとされてきた【S級案件】だ。チームを預かる恭介としては、メンバーの安全と任務の達成のために、よりよい選択をしないといけない。今回はある種残酷な選択となったが、決して間違いではなかったと言える日が来るはずだ。
「それに、もう新しい夢もできたんでしょ?」
「……なんで分かったの?」
「おやおや、今更この妹に隠し事が通じるとでも?」
にやにや笑う成子が、芽衣子を茶化しながら周りをぐるぐるしている。
恭介には全く分からないが、姉妹としては恭介の選択に納得しているような雰囲気が見て取れた。胸に手を当て、静かにほほ笑んだ芽衣子が恭介に向き直り、己の夢を話す。
「意地悪な選択をさせてごめんなさい、恭介さん」
「いや、俺は……」
「私、あの人の下で、能力の研究をしたいんです」
「……! ……そうか」
自分の夢を宣言した芽衣子は輝いていた。
それは妹の成子がずっと追いかけていた、きらめきそのもの。今はしっかりと正面から見つめて、それを応援できる。【狂博士】との邂逅が、芽衣子にもいい影響を及ぼしたようだった。
「元々研究熱心な性格だったし。いい所員になれると思うよ?」
「ふふ、ありがとう。まだ芽生えたばかりの夢だけど」
誰の心にも芽生える、小さな悪意。それは時に人を蝕み、狂気へと走らせる。
それでもこうして、再び手を握り合えた二人なら。
二人の進む道は今、ここで別たれた。それでも最後に辿り着く先は一緒。まだ見ぬ頂で、二人はそこで再び横に立って笑うのだ。
二人にしか分からない、この感情に名前を付けよう。
かけがえのない存在に「悪意」を込めて。
それはきっと、愛情の裏返しなのだ。




