73羽:乙女の告白~妹の場合~
「さて、少しめいこちゃんも落ち着いたところで、私からもお話があります」
「「え?」」
成子の言葉に恭介と芽衣子がハモる。
事態は収束し、後は能研へと報告をするだけ。能研への被害も出たが、特異な能力を持った芽衣子を仲間に引き込めるのであれば、それも報われるというものだ。恭介のチームに加われば、小栗に続き大きな戦力となるだろう。
「能研には私が行くよ。ああ、能力者として、って意味でね」
「何を言っているんだ……?」
「せいちゃん……?」
成子の言葉の真意を図りかねている。
『怨念髑髏』の能力者であるのは姉の芽衣子、これは間違いない。にも関わらずその代わりになろうとしているのは、妹の成子。確かに一時期成子にも憑りついていたが、あれは芽衣子にとっても想定外だったこと。能力特性上、シンパシーの高い対象に憑りついたのでは、という憶測でしか語られていなかった。
「だってこれ、私も使えるもん」
言葉と体で理解を強いられる。
立ち上った黒い靄は、芽衣子ではなく成子を中心に展開していた。その出力は決して、ただ憑りつかれただけとは思えない、無言の圧力があった。
「え? え?」
「ごめんね、これまでめいこちゃんにだけ重荷を背負わせて」
「……説明を、してもらえますか?」
「うん、いいよー」
元々そうするために来たようなもんだし、とあっけらかんと答える成子。黒刀を構えかけた恭介ではあったが、ぐっと堪え成子の話を聞く姿勢をとる。
「なにがなんだか……」
「これ、自分達も待機でいいんですかね?」
「ふぁ……頑張ったから眠い」
次の行動はどうしたらいいのか。
まさかの第3ラウンドが始まってしまうのか、緊張感が再び張りつめたが、どうやら成子は戦う気はなさそうだ。一瞬出した黒い靄もすぐに引っ込ませて見せた。
真代と修もそれぞれの反応を窺いながら、最終的には恭介に倣った。
小栗は途中からたいして話も聞かず、自前の蔓でハンモックを作り出して、夢の世界に飛び立とうとしている。このマイペースさはある意味見習いたいところである。
未だ理解が追いついてない芽衣子に、成子がしゃがみ込み目線を合わす。
「めいこちゃんはさ、私に嫉妬したって言ってたけど、それは私もなんだよ?」
「せいちゃんが私に……?」
「うん」
芽衣子の目の前で、眉を少し下げどこか悲し気な表情で笑う成子。
姉の芽衣子は天真爛漫な成子にいつしか憧れていた。自分自身にはないその明るさに嫉妬して、大好きなのに憎くて、そういった感情を持ってしまったことに絶望した。しかし、打ち明けて空っぽになった姉の心を埋めるように、今度は成子が語り掛ける。
「成績優秀、自慢の姉。私にできないことはなんでもできた」
「それは……」
「もちろんめいこちゃんの努力は知ってるよ? でも私だって、頑張ったんだよ。それでも届かなかったんだぁ」
「せいちゃん……」
姉の芽衣子が勉学に励んでいたのは、恭介達も話に聞いたばかりだ。
両親の期待に応えるために、妹の見本となるために。常に努力を続け結果を出し続けた姉。それは妹の立場からは、どう見えていたのだろうか。
「私の憧れはずっと、めいこちゃん。もちろん今でも変わってないよ」
「……」
真摯にぽつぽつと語る成子の言葉に、ただ耳を傾ける芽衣子。できる姉の背中を追い続けた妹。両親にも何かにつけて、姉を引き合いに出されていたらしい。
コツコツと努力できるタイプの芽衣子に比べて、成子はやや集中力にかけるタイプだった。事あるごとに聞かされた「お姉ちゃんを見習いなさい」という両親の言葉。ただの小言だったのかもしれないが、いつしかその言葉は成子の心に重くのしかかるようになっていった。
どんなに努力しても追いつけない。
同じことをやっても、姉のようにはうまくできない。芽衣子は成子にとって自慢で大好きな姉だ。だが、どこか横に並べない葛藤はずっと抱えていたのかもしれない。
「だからさ、めいこちゃんの告白を聞いても、正直ピンとこなかった。私達はお互いに嫉妬して、自分自身を傷つけてただけかもしれないね……」
姉妹とはいえ、当然一人一人の人間だ。
持っているものは違うし、決して自分は他人にはなれない。ただそれでも、姉妹ゆえに意識して、姉妹ゆえに認めることができなかった。些細な出来事の積み重ね、それは愛憎の繰り返し。
ただ憎めればどれだけ楽だっただろう。
でも彼女達はお互いの持ってないものにこそ惹かれあい、それをどこまでも愛していた。努力をやめた成子の気持ちは、悩んでいた時よりもずっと軽かった。姉と並んで歩くことはできない。それでいい、姉は私なんかでは追い付けない、優秀な人なのだから。
諦めた理由を理屈で固め、自分の立ち位置を固定し、ある意味達観した生き方を選択した成子。その分、できないことは人に頼り、社交性を育んでいった。どこか空っぽになった心には気づかない振りを続けて。
「でも、今は違う」
お互いがすれ違い、悪意や嫉妬のみが凝縮された黒い靄を生んでしまった悲劇。
しかし、それこそが姉妹の証。姉妹だけの世界。今、成子は初めて芽衣子と同じ世界に、横に立てたことに喜びを見出していた。成子が呪文のように言葉を紡ぎ、それに芽衣子も呼応する。
「これが私の、私達だけの」
「「『悪意の巣』」」
初めてはっきりと、その名を口にした。
決して能力者本人しか知らない、本質。その能力の名前。熱に浮かされたように言葉を紡ぎ、姉妹はゆっくりと手を取った。
「こんなことが……!?」
「恭介!? 危険です!!」
手を取り合い立ち上がった姉妹。
その二人を中心に、上空に黒い靄が大きな、大きな髑髏を映し出す。修は泡を吹いて倒れ、真代は姉妹の近くにいる恭介に必死の警告を送る。ハンモックで揺られていた小栗は謎の圧力に揺らされ、そこから転げ落ちていた。
姉妹共有の能力。
そんな事例はこれまで報告されたことはない。一つの能力につき、能力者は一人。これがこの能力世界における常識であり、疑う余地のなかった事実だ。それが根底から覆される、間違いなく異常事態だ。
しかし、どこかで納得もしていた。
黒い靄に感知能力の反応があったこと。逆に能力を離した芽衣子に反応がなかったこと。憑りつかれただけの成子が、ある程度能力を使いこなしていたこと。それは能力本体が二人の能力者を行き来する、極めて特殊な仕様だったからだ。
今や『怨念髑髏』の出力は、芽衣子の時より何倍にも膨れ上がっている。
こんなものが解き放たれでもしたら、さしもの恭介や小栗の戦闘能力をもってしても、太刀打ちできないかもしれない。命を脅かす恐怖を、今恭介は肌でひしひしと感じていた。
「ふーっ……こんなもんかな」
「ふふ、そうだね」
周囲の警戒を他所に、膨れ上がった悪意は唐突に消滅した。
手をつなぎあった姉妹は、向き合ってお互いに笑いかけている。そこには、すれ違いの末に嫉妬を積み重ねてしまった、悲しい姉妹の姿はどこにもなかった。
「えっと……何がどうなっているんだ?」
「あ、ごめんね、お兄さん。他の人達も」
「わっ! 泡吹いてる人もいるよ!? 大丈夫かな……」
未だに鳥肌が立っている肌をさする恭介だったが、姉妹はお構いなしにぐいぐい近づいてくる。武器を持って警戒している相手に、あまりにも無防備だ。
毒気を抜かれた恭介はゆっくりと黒刀を鞘に戻し、一つ深いため息をつくのだった。




