72羽:心を溶かす魔法
もう今までと同じ日常には戻れない。
なんとか芽衣子の無効化には成功したが、野放しにするには危険すぎる能力だ。しかし、芽衣子が協力を約束するのであれば、多少の不自由さこそあれ、能研には歓迎されるだろう。それだけの能力は持っている。
「……私が特区に移送された時の、両親の反応を知ってる?」
「いえ」
「私達の娘に限って、そんなはずはないって」
芽衣子がぽつりぽつりと胸の内を語る。
恭介は右手に黒刀を持ったまま、静かに耳を傾けている。能力者の疑いを掛けられ、特区に連れていかれる娘。そんな中、両親は何を思ったのか。
「一度だって、例えそうでも私達の娘だって! そうは言ってくれなかった……!」
もちろん困惑もあっただろう。
だがなまじ特殊なケースだっただけに、芽衣子の両親も認めたくない思いが先に立ってしまったようだ。再び芽衣子の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれる。芽衣子がもっとも恐れていたこと。例え実力行使に踏み切ってでも守りたかったもの。叶わなかった願いが、溢れ出て止まらない。
「両親の期待に応えられないのが怖い! 失望されるのが怖い……!」
「私がこんな醜い化け物を飼ってるって……私自身がそうだって、思われたくない!」
顔をゆがめ、砂利を手で握りしめ放つ慟哭。嘘偽りのない本音が綴られる。
「せいちゃんに、嫌われたくない……!!」
最後に振り絞ったのは、妹の成子への想い。
特区に移送された際に、姉を心配して一緒に乗り込んできたほどだ。芽衣子の語りからも、姉妹仲の良さは十分伺えた。それから黙り込んでしまった芽衣子の上に、人の影がかかる。
「もう……ばかだなぁ」
「え?」
芽衣子の耳に届いたのは、いつも横で聞いていた声。何故か懐かしささえ感じるその声は、俯く芽衣子のすぐ上から届いていた。
「せいちゃん? ……なんで?」
「あらら、可愛い妹にすら気づいてなかったなんて。ほんと大丈夫?」
未だ放心状態の芽衣子は、ゆっくりと成子と恭介を交互に見やる。すでに黒刀を腰に戻した恭介は、少しバツが悪そうに芽衣子に謝る。
「すみません、実は芽衣子さんに目星をつけた際、先に成子さんに話をしていたんです」
「あはは、びっくりした?」
本来は芽衣子の説得役として打診したのだが、成子も協力には条件を出した。
姉の本音を聞くまでは出ていかない、と断言したのである。つまり、最初から成子は恭介達と一緒に行動していた。恭介が守りに3人残した理由、それは芽衣子の能力が強力だというのもあるが、無防備な成子を守るためのものだった。
「ほんとに私には気づいてないんだもん。ドキドキしちゃったよ」
「まさか……この場にいたの、せいちゃん!?」
黒い靄が再び立ち上る。ぱっと離れた恭介を睨み、敵対心をあらわにする。
恭介と共に合流した成子は、恭介の認識阻害の技能”忍び寄る悪夢”により、一人だけ芽衣子の意識から除外されていたのだ。実際には小栗の隣には成子がいて、黒い靄の猛威が吹き荒れる中じっと耐え、苦しむ姉の姿を見届けていた。
「はいはい、怖い顔しない」
「あだ!?」
一触即発かと思われたが、成子のチョップにより、芽衣子が子供の様な悲鳴を上げる。黒い靄は霧散し、芽衣子は涙目で成子を見上げる。
「もう戦う理由、ないでしょ」
「うう、せいちゃあああん……」
上半身だけ起こし成子の腰に抱き着く芽衣子。
妹の成子は困った顔をしていたが、姉の頭を優しく撫でて、労わった。一生のうち、大半を共に過ごした姉妹に多くの言葉はいらない。芽衣子がどんな能力を持っていようと、それで嫌いになれるはずもない。
両親も呑み込むには時間がかかるかもしれないが、彼らももちろん芽衣子を愛している。いずれは笑って話せる時が来るだろう。
こうして、感知能力者への襲撃から始まった『怨念髑髏』騒動は、なんとかまとまりを見せ、幕を下ろそうとしていた。




