71羽:悪意の巣
「小栗は自陣の守りと道を! 小栗の守りは二人にまかせた!」
「了解!」「はい。恭介は?」
「俺は……本丸を叩く!」
「それじゃ……いくよ」
恭介の号令に従い、各自が己の役割を認識して動く。
先手番は小栗だ。彼女に期待する役割は大きい。まだ能力に目覚めたばかりではあるが、彼女は能力の扱い方に長けている。また相手は無数の怨念を操る芽衣子だ。手数という面でも、真正面からぶつかれるのは彼女の能力『嘆きの華』だけだ。
小栗が能力を発動し、一瞬で蔓の砦を生み出す。
自陣の守りを固めると同時に、奇声を上げて複数の薔薇の化け物が芽衣子に襲い掛かる。前方に広がる黒い靄に片っ端からアタックし、次々にその存在を無に帰していく。対人戦において、一撃必殺級の威力を誇る『怨念髑髏』も、物理の猛威には押され気味だ。
しかし、芽衣子も負けてはいない。
黒い靄は無にして有。感知能力者すら欺くステルス機能、対象のみを狙い精神を蝕むホーミング機能、そして全てを蹂躙する質量を持った悪意、アタッカー機能。芽衣子の周りで数か所、黒い靄が集まりその影が濃くなる。やがてそれは確固たる形、大振りな爪や牙となり、逆襲を開始する。
横から薔薇の化け物に喰らいつき、奇声という名の悲鳴が漏れる。
一度喰らいつかれると、もう逃がれることは叶わない。根元から枝分かれするように、次々と黒い靄から悪意が供給され、それが姿を変えて襲い掛かる。瞬く間に黒い靄に食い散らかされ、その闇に呑まれる。
「あれの中にはちょっと……」
「……無理ですよね」
後方の守りを固める真代と修から思わず声が漏れる。
元々戦闘力という意味では数に入っていない二人だが、初見の相手には隙を付ければ勝負できるだけの地力と経験がある。しかし、攻守に硬さを誇る『怨念髑髏』の前では、生半可な攻撃は通用しない。懐に潜ってもすぐに潰されてしまえば、こちらはそれで終わってしまうのだ。
そんな中、魑魅魍魎が降り注ぐ戦場でひた走る黒い影。恭介である。
防御は並行して走る薔薇の化け物に任せ、最短距離で芽衣子との距離を詰める。芽衣子は戦闘が始まって以来、最初の場所から動いていない。小栗の猛攻をもってしても届かず、辛うじて届いても厚い黒い靄のガードの前に、有効な一撃を与えられないでいた。
数多の黒い爪や牙を掻い潜り、とうとう恭介の視界に芽衣子が入る。
走りながら溜めていた影手1本分、黒刃の解放。至近距離での一撃、必殺を打ち込んだ恭介ではあったが、崩れた先から厚みを増す黒い靄のガードに阻まれ、芽衣子に有効打を与えることは叶わなかった。
「堅いな……」
ホーミング機能で襲い掛かる『怨念髑髏』を切り伏せ、距離を取る恭介。
恭介は芽衣子の能力を推定ランクA+へと上方修正する。感知能力者の天敵として、その特異性に目が行きがちではあったが、こうして複数の能力者を相手取っても、真正面から叩き潰せるだけの力はある。
芽衣子の意識が防御に向いた分、自陣の防御が持ち直す。
ただ状況は依然苦しい。高いレベルで攻守に優れた『怨念髑髏』を切り崩すには、こちらもさらに手札を切る必要があるだろう。
「小栗! 盾だ!」
「おっけー……技能”あなたの良いところ♪”」
「……!?」
恭介の指示に小栗が瞬時に反応する。
『薔薇屋敷』において恭介達を苦しめた封印技能が、今度は芽衣子に牙を剥く。様々な選択肢がある中で、恭介が小栗に指示したのは、芽衣子の盾を奪うことだった。
バリエーション豊富な技能を持つ芽衣子だが、物理的な脅威である爪や牙の生成は、まだ小栗の薔薇で対応できている。能力者本体を狙う精神攻撃も怖いが、狙い先が絞れる分守りやすい。そこは真代や修が対応してくれている。
ステルス機能は主に隠密行動時に使用されるものだろう。
伏兵のように使えるかは思考の余地があるが、いずれにせよ攻撃に転じる際には、こちらのセンサーにも引っかかるようになる。ならば、今最も邪魔なのが、芽衣子を守る分厚い壁。削った先から元通りになる優秀な盾が崩せれば、芽衣子も余裕ではいられない。
「何したか知らないけど……!」
悪態をつきながら芽衣子が動く。
さすがにガードを失くしたままで、恭介や小栗の攻撃を全て対応できるとは考えていなかったのか、自身に黒い靄を纏い恭介と切り結ぶ。
「重い……!」
「あなた達さえいなければ!!」
近接戦闘においては、当然恭介に分がある。
強力な能力を持っていても、使う人はまともに訓練もしていない素人だ。しかし、多勢に無勢ではあっても、戦いを始めたのは芽衣子。おそらく芽衣子の能力は『増幅型』の精神系能力者。不安定さと紙一重ではあるが、その能力は想いによって強化される。
一歩も引かない、強い意志を示した芽衣子の一撃は重い。
両手両足に集中的に固めた黒い靄の威力は、身体強化系能力者の攻撃にも引けを取らない。インパクトの瞬間に膨張し、大振りな爪を後先考えずに振るう。一度受けるたびに恭介が大きく弾かれる。
それでもそれだけで覆されるほど、恭介は甘くない。
徐々に感覚を掴み、芽衣子の攻撃が当たらなくなってくる。もはや小栗が守る自陣には攻撃は届いてこない。小栗達も守りを固めるだけで、静かに恭介と芽衣子の戦いを見守っている。
「なんで……!! なんで……!!!」
「……」
芽衣子の顔に汗と交じり涙も流れ、一緒に飛び散った。
わがままを、己の想いを通すには力がいる。彼女の能力は強い。ただそれだけでは恭介を、能研という組織を相手取るには足りない。ただ倒すというだけであれば、とっくに勝負はついていただろう。しかし、恭介は敢えて攻撃を受け、自分からの攻撃も芽衣子の余力を削るのみに留めていた。
「なんで……」
やがて体力が尽き、倒れこんでしまった芽衣子。
その少し離れた位置には、静かに佇む恭介。表情は変えず、ただじっと芽衣子を見つめている。元々勝機は薄かった。それでも己の意思を通すため、全力で戦い抜いた芽衣子。
「芽衣子さん」
「……」
芽衣子の息が少し整うを待ち、声を掛ける恭介。芽衣子は地べたに両手をついたまま顔を上げようとしなかった。
「あなたを拘束し、能研へ移送します」




