70羽:乙女の告白~姉の場合~
「いつから気づいてたの?」
「確固たる証拠はありませんでした。ただ、今の状況が答えです」
そっかと呟き、ふぅと息を吐く芽衣子。
芽衣子は元々能研にマークされていた。恭介に勘付かれなくても、いずれは見つかっていただろう。黒い靄が散り散りになりながらも芽衣子に辿り着き、吸い込まれる。その直後、再びあのプレッシャーが襲ってくる。宿主に戻り回復でもしたのか、芽衣子の全身から黒い靄が上空へと立ち上り、髑髏が浮かんでは消えていく。
「大学での集団卒倒事件……あれもあなたが?」
「そうね。わざとではないと言っても、信じてもらえないでしょうけど」
恭介の問いに淡々と答える芽衣子。
彼女自身もずっと逃げ続けることは不可能だと感じていたのか、受け答えは割とあっさりしている。それから恭介に促される前に、彼女は己に『怨念髑髏』を宿した経緯を語り始めた。
きっかけはあってないようなもの。
まだ特区に来る前、実家から大学に通っていた芽衣子は、家族と一緒に暮らしていた。父、母、そして妹の成子との4人家族。姉妹仲は以前からよかったようで、妹の成子はいつも姉の芽衣子に付いて回っていたらしい。
芽衣子は芽衣子で、姉の自覚というか、「できる人間になれ」という両親の期待を背負い、特に勉学には力を注いでいたらしい。努力の甲斐もあり、成績は優秀。親の期待に応えることに喜びを感じていた芽衣子は、そこに没頭するあまり、他者との関わりなど幅広い交友関係は築いてこなかった。
そんな中、中学を卒業したばかりの成子が何か母と騒いでいるのを聞いた。
なんでも卒業式の後に、男子に告白されたらしい。いつも芽衣子の後ろに付いて回っていた成子。勉強はからっきしだったが、持ち前の明るさと交友関係の広さから、不思議と誰からも一目置かれるような存在だった。そんな中、ぽつりと母がこぼした言葉を、芽衣子は今でも覚えている。
「お姉ちゃんも勉強ばかりじゃなくて、浮いた話の一つもあるといいのにねぇ」
本当に何気のない一言。
冗談めかして言った言葉であり、芽衣子を馬鹿にする気も毛頭なかったのであろうが、芽衣子にはとてつもなくショックだった。特別厳しい家庭ではなかったが、親の期待に応えるように、妹の見本となるように。時には己を殺して取り組んできた今までの全てを否定されたような気がした。
昔はそっくりだったのに、いつしか似てないねと言われるようになった。
昔はなんでも教えていたのに、今では芽衣子の知らない輝きを成子はたくさん持っている。なんてことはない、芽衣子はその時初めて、成子に嫉妬したのだ。
「この能力が生まれたのはその時……ふふ、笑っちゃうほど器の小さい女よね」
「それは……」
人にとって何がどれほど大事かは、本人にしか分からない。分かるよと、安易な同調や慰めも、幼稚な感情だと一方的な切り捨ても、恭介には選ぶことはできなかった。
「能力に目覚めたとき、私は私の内面を初めて形にして見てしまったの」
本来であれば誰でも持つような小さな嫉妬。
時が過ぎれば忘れてしまうような、それこそ寝て起きた次の日にはなんとも思っていない出来事。それが、あろうことか目の前で最悪の形で具現化されてしまったのは、芽衣子にとっての不幸だろう。
世の中の全てを憎むような、怨念が数珠つなぎになったような、おぞましいとしか表現できない黒い靄。怨念を吐く髑髏が次々と浮かぶその様子を見て、いいイメージを持てるものが果たしているだろうか。
芽衣子は絶望を感じていた。これが私の心だと。
努力して得られる、目に見える形や称号にこだわり、それ以外は無意味、無価値と目をそらし、向き合う勇気すら持とうとしなかった。そんな無意識に遠ざけていたものを、妹の成子は溢れんばかりに持っていた。
妹のことは大好きだ。両親の期待に応えたかったというのも本心だ。
嘘なんかじゃないし、結果を出すために努力をした、できた人間だというのは芽衣子を支える大きな柱、自負となっていた。しかし、一度めくってみると、出てくるのは他人や世界への悪意。いつしか狭い世界でしか己を表現できなくなっていた芽衣子は、一方的な負のイメージを延々と溜めてしまっていたのかもしれない。
「私がこんなに醜い人間だったなんて……誰にも知られたくなかった」
結局、芽衣子は逃げた。
芽生えた能力を意識的に遠ざけ、理解することを拒んだ。そんなさなか、些細な感情の揺れから能力が暴発。大学での集団卒倒事件に繋がった。
「能研の人に目を付けられたとき、私はもう終わったと思った」
でも、と続けその後の言葉を呑み込む芽衣子。
状況的に真っ先に疑われた芽衣子は、当然感知能力者による調査に協力せざるを得なかった。しかし、黒い靄が能力本体、能力者と分離して行動が可能という特異な能力だったため、参考人という立場にしかならなかったのである。
まだ普通の人でいられる。
一度希望を見出してしまった芽衣子。特区に移送されてからも、能力の事を隠し通そうと、あくまで何かに巻き込まれてしまっただけの無害な人を演じ続けた。
彼女の能力は広範囲の遠隔操作が可能だったが、離れるほどにその精度は落ち、いつしかその情報すら入ってこなくなっていた。焦りもしたが、どこか許されたような、解放された気分には抗えず、自分から何かリアクションを取ることはしなかった。
「では、妹の成子さんに憑いていたあれは……」
「ええ、全くの予想外。姉妹だからと言って、そんなことがあっていいのかしら」
自嘲気味に答える芽衣子。
まさか戻り先を見失った『怨念髑髏』が血の繋がりを感じ、妹の成子に憑りついたとでもいうのだろうか。何にせよ、それからは恭介達も知るところ、思わぬ形で能力が戻ってきた芽衣子は、あくまで隠し通そうと、再び無理な遠隔操作で『怨念髑髏』を街に放っていたのであった。
「……修を襲ったのは?」
「それは私の意思。ずっと離しておくにも限界があったし、ばれないためには調べられる人を遠ざける必要があったから」
『怨念髑髏』には感知能力者も欺くステルス機能がある。
だが不安定なその能力は、芽衣子の感情の揺れにより活性化する可能性もあった。また、意図せず妹に憑りついたことに危機感も持っていたのかもしれない。結果として、芽衣子は能力を自分から離す選択をして、うやむやな内に真実を闇に葬りさろうとした、というのがどうやら今までの裏事情だったようだ。
「あなたの思惑や事情がどうであれ、これは能力の悪用に当たる」
「そうね。……だったらどうする?」
「投降してください、芽衣子さん。あなたの能力を活かす手段も、きっとあるはずです」
あくまで投降を呼びかける恭介。
能研所員への被害も出ており、敵対意志も確認が取れた。実力行使に及んでも、何も責められることはない。さらに今は4対1の状況だ。まだまだ未知数で特異な能力なのは間違いないが、この状況で二の足を踏むわけにはいかない。
「援軍は呼ばないの?」
「この案件は、うちのチームの受け持ちなので」
「そう……ならいいわよね」
芽衣子を包む黒い靄の領域がさらに広がる。ここで、能力を開放するということはそういうことなのだろう。
「ごめんなさい。私はまだあの子の隣に居たいの」
「では、実力を持って、あなたを止めます」
静かな宣戦布告と受理。恭介の後ろに控えていた面々も戦闘態勢を取る。
『怨念髑髏』に襲われた者は、記憶の混濁が見られる。恐らく芽衣子がこの戦いに勝利するようなことがあれば、本当にこの事件は闇に葬られてしまうかもしれない。各自、それぞれの意思と覚悟を持って、今第2ラウンドの火蓋が切って落とされるのだった。




