69羽:化かし合いを制したのは
一人『怨念髑髏』との逃走劇を繰り広げていた修を救ったのは、真代だった。
「え、真代さん!? なんでここに……?」
「ずっといたわ、そこに」
真代が首だけで振り返り指を指したのは、修が持っている刀。
彼女の異能『潜伏者』により、そこに潜んでいたらしい。なんのことはない、初めから恭介には修が襲われた時用のプランもちゃんとあったということだ。
「それならそれで、もっと早く助けに出てくれればよかったのに……」
「ぎりぎりまで出るなと、言われてたから」
しれっと告げる真代ではあったが、その見極めには神経を使ったことだろう。
向こうの出方が分からない以上、すぐに出てきてしまえばせっかくの手掛かりを逃がすこととなる。また相手の油断を誘うためか、恭介は修とは完全に別方向に別れていたため、救援にも時間がかかる。その時間稼ぎの意味合いもあったのかもしれない。
宙に浮かびじっと二人を眺める『怨念髑髏』。
それ自体に思考回路があるのかは謎だが、本来のターゲットである修を仕留めそこね、味方との合流を許してしまった場面。決して求めていた展開ではないはずだ。
「悪い子には、お仕置きしないとね……」
徐々に後ずさりする『怨念髑髏』に、次の一手が刺さる。
いつの間にか周囲に張り巡らされていた蔓が、四方から伸びその動きを封じる。実態があるのかすらあやふやな黒い靄ではあるが、こうして目に見えて実体化している以上、こちらからのアプローチも効果があるようだった。
「遅れて悪かったな。合流まで逃げ切った、お前の勝ちだ」
「恭介さんに、小栗ちゃん……」
チーム全員集合。結局最後は修を囮にした作戦となってしまったが、化かしあいは恭介達に軍配が上がったらしい。
「はぁ……いつから計画してたんですか?」
「修に何かに見られてると、告げられてからだな」
修はため息交じりに息を吐く。
もはや感心するしかない。修から見られているとの報告があってから、単独での行動はさせず警戒に当たっていた恭介だったが、その他にも監視網は広げていた。
まずは自身の領域、”悪夢の中心”での調査。
これは能力者を判別する感知能力とは別枠になるらしく、『怨念髑髏』のセンサーに引っかかることなく、堂々と使うことができた。修の警護に当たること数日、うまく修の視界には入っていなかったが、恭介は黒い靄を己の領域で捉えることに成功していた。しかし、相当用心深いのか、恭介も脅威としてマークされており、安易に近づくことはできなかった。
もう一つ、監視に役立ったのが小栗の能力『嘆きの華』である。
彼女の技能”綺麗に咲いたよ”により生成された細い蔓を街中に張り巡らさせ、擬態した薔薇の目により、疑似的な監視カメラとして利用していた。そこである程度、恭介の領域から漏れた時でも『怨念髑髏』の行動範囲を突き止めることができた。
そこで能力者の存在が確認出来れば一番だったのだが、それは叶わなかった。
そしてそれを待つにも限界があった。恭介達が警戒に当たっているにも関わらず、日に日に『怨念髑髏』が修への距離を詰めていたのである。
相手の意図の全ては分からない。
しかし、どこか焦っているようなその動きは、恭介のアンテナに警戒アラートを投げかけていた。街中で最悪暴発した時のことを考えると、被害は一般市民にも広がる恐れがある。
そこで恭介は、相手が攻めることができる舞台を意図的に用意することに決めた。
修には騙すようで悪いことをしたが、警戒態勢を切り上げ目論見は成功。敢えて隙を作ることで、今回『怨念髑髏』をこうして追い詰めることができたというわけだ。
「けど、実際の能力者は分かってないんでしょう? 仮に倒しても霧散して逃げられるだけじゃ……」
問題はそこである。
『怨念髑髏』が能力により生み出されたものである以上、意識のあるなしに関わらず、必ずそこには使い手である能力者がいてしかるべきなのである。そんな中、執拗に修を狙う『怨念髑髏』の行動に違和感を覚えたのは恭介だ。
「『怨念髑髏』は見つかることを非常に恐れている。にもかかわらず、警戒態勢時にも隙あらば修を狙う素振りを見せていた。何故だと思う?」
「それは……僕の能力で正体を暴かれる可能性があるから?」
「そうだ。だが正体を隠すだけなら、嵐が過ぎ去るのをただ待てばいい」
成子に憑いていた時に霧散して消えたようにな、と告げる恭介。
確かに『怨念髑髏』の厄介な点は、広範囲の遠隔操作能力と、そのステルス性だ。感知能力者は別だが、仮にその目があっても姿を隠すことはできたはずだ。何故リスクを負ってまで修にこだわっていたのか。
「おそらくだが、『怨念髑髏』の遠隔操作には限界がある」
「限界……まさかそれが能力者を特定するための?」
「ああ、鍵となるはずだ」
遠隔操作に制限がないのであれば、話は簡単だ。
能力を切り離しておいて自分は知らぬ顔をしていれば、犯人として疑われることはまずない。それをしなかった、いやできずに強硬手段を取ったのは、その遠隔操作に限界があることの証左に他ならなかった。
「何回か"転移門"で移動したことがあったよな?」
「……? それはまあ……ありますけど」
「あの時、修を狙ってた『怨念髑髏』はすぐその後も追ってきていた」
「はい」
「ただな、追ってこない時もあったんだよ」
「え!?」
修には知らされていなかった事実。
『怨念髑髏』の動向を領域で把握していた恭介ではあったが、不思議なことにある特定のシチュエーションの時には、その周囲には全く寄り付かなかったのである。
『怨念髑髏』の能力考察、遠隔操作には限界がある。
さらに、あまり複雑な指令はできない。これは能力者が介在しない、オート操作時の能力にはよくある特徴だ。おそらく、今回組み込まれていた指示は「隙を見て修を攻撃すること」ともう一つ。正体がばれないよう「本体の能力者には近づかないこと」。
せっかく感知能力者でも特定できないステルス機能がある訳で、不用意な接触だけは避けたかったのだろう。そして、執拗なまでに接触を恐れた理由、それは恭介達の周りにその能力者本人がいたからに他ならない。
「これらは全て憶測に過ぎないが……確かめる方法はある」
「それは……?」
「遠隔操作には限界がある、つまり今『怨念髑髏』は暴発寸前。その能力が途切れた時どうなると思う?」
「感知能力に反応する黒い靄……つまりは能力の本体とも言える」
「ああ、ただ霧散して反応が無くなるだけとは考えづらい。つまりは……」
恭介が腰の黒刀を抜き、影手1本分の威力を蓄積していく。
薔薇の蔓に縛られて身動きが取れないままだった『怨念髑髏』はなおも抵抗していたが、小栗も万全の状態で当たっており、その拘束から逃れることは叶わなかった。
黒刀の刀身が膨張し、細長い刃から破壊の権化、黒刃が吹き荒れる。
そのまま何の迷いもなく『怨念髑髏』を真っ二つに蔓ごと切り捨てる。形が維持できなくなり、やがて散り散りに消えかかる黒い靄。しかし、全て消えることはなく、微かに残った黒い靄が空中に足跡を付けるように一つの方向に流れていく。
「形を維持できなくなった『怨念髑髏』が戻る先、それが能力者の居場所だ」
一定の速度で流れていく黒い靄を、恭介達がぞろぞろと後をつけていく。その歩みは長く続くこともなく、一人の人物の前で止まることとなった。
「やはり、あなたでしたか」
そこに見えるのは、何をするでもなく佇む人影。
消えかかりそうな弱弱しい黒い靄を迎え入れる、古賀姉妹の姉、芽衣子の姿があったのだった。




