66羽:悪意の矛先、敵意の眼差し
ついに感知能力者殺しと呼ばれる『怨念髑髏』と相対した恭介達。
目の前にいるのは大学生ぐらいに見える若い女の子だ。先ほどの髑髏を模した黒い靄はやはり他人には見えていなかったのか、周囲を通り過ぎる人々がこの一触即発の事態に気づいている様子はない。
「彼女が……? 間違いないか?」
「はい、どうやら特定の対象にしか見えないらしいですけど……」
腰に隠している黒刀を抜くかどうか迷いながら、恭介が修に確認を取る。
何せ修の証言こそあれ、恭介や真代の目には黒い靄は見えていない。詳細が分からない能力だけに、修がそういった幻覚を見せられている可能性すらある。
「確かに、彼女に攻撃されました」
再びはっきりと宣言する修。
顔色は悪いが、目をそらさずただしっかりと告げる彼の様子に不自然な点はない。ここは町中だ。通行人も多くいる。極力相手を刺激しないように心掛けなければいけないが、手をこまねいて被害を拡大させるようなことだけは、絶対に避けなければいけない。
「あー……そっか、お兄さん達には見えてないんだよね」
恭介達と対峙する彼女から声がかかる。修の肩が跳ね上がり、恭介と真代が不自然にならない程度の臨戦態勢に入る。
「私もいまいちよく分かってないんだけど……これでどう?」
なんでもない世間話のような感覚で話す彼女。
しかし、そのフランクな物言いとは真逆な、空気を沈ませる異質な異能がその姿を具現化させる。視界に写る前に全身の産毛が逆立つような感覚。本能が危険だと訴え、脚が勝手に逃げようとするのを必死に耐える。
「これは……!!」「なんて……醜悪な」
恭介が抜刀し、真代も唇を噛みしめ電磁ロッドを取り出す。
「うう、すみません……これ以上は……」
「修!?」
もしやすでに攻撃を受けているのか、修がその場にしゃがみ込んでしまった。
大量に汗を垂れ流し、いよいよ顔色も心配なレベルになってきていた。恭介達でさえおぞましいほどの圧になんとか耐えている中で、感知能力者が感じてしまうプレッシャーはその比ではないのかもしれない。
「分かった……小栗頼めるか?」
「お任せ……あれ♪」
右耳に手を当てインカムで指示を送る恭介。
自分の能力で逃げる気力すら出せない修を、このままこの場に残しておくわけにはいかない。応答したのは恭介達とはさらに離れて待機していた小栗だ。
「え? ……ぉおおおおおおお!?」
しゃがみ込んでいた修の左足にするっと巻き付いた蔓。
通行人を器用に避けてターゲットをしっかり捕まえたのを確認すると、一気に引く力を強めた。1から急にトップスピードに乗ったそれは修を引きずり、やがて1本釣りするような形で宙に舞い、近くの廃ビルに呑み込まれていった。
「あれ、大丈夫なの……?」
「修ならまあ……なんとかなるだろう」
なんともまあ力任せなら緊急離脱だったが、修は役目を果たして見せた。
恭介達が武器を取り出したことにより、周りの通行人もようやく何か異変が起きていることに気づいたらしい。しかし、人の神経に直に響いてくるような、怨念を発し続ける黒い靄には目がいっておらず、それを言及する声も上がっていない。あくまで戦闘態勢の恭介達を見て、何が始まるのかと不思議がっているようだった。
「あはは、面白いねお兄さん達。制服じゃないけど、能研の人?」
目を細め笑うのは、『怨念髑髏』その人。
能研の感知能力者を3人病院送りにしておいて、隠れるどころか堂々と獲物を待っていたかのような口ぶりだ。恭介達は安易に答えず、沈黙したまま様子を窺う。彼女は特別それに気を悪くすることもなく、饒舌に話を続ける。
「どうもこれ敵意? みたいなのに反応してるらしくて、今は私がお兄さん達を敵として認識したから、見えた感じかなって」
「……」
能力を開放した彼女だが、限られた人にしか影響がないのは、先ほどと変わらないらしい。これは不幸中の幸いと見るべきだろう。
あれほどのプレッシャーをこの街中で放たれようものなら、瞬く間にパニックを引き起こしていたはずだ。敵意に反応するという黒い靄。彼女の言うそれは、感知能力者の探知も含まれていたのだろう。
「最近このエリア周辺で、能研の感知能力者が襲われた。皆怨念のような髑髏に襲われたと。心当たりはあるか?」
「うん、あるよ」
「やはり、君か……」
「ああ、でも私が率先してやったわけじゃないよ? 何せ私能力者でもなんでもないし」
「……どういうことだ?」
彼女が『怨念髑髏』、これはもう間違いない。
修の探知能力に引っかかり、あまつさえ攻撃を加えてきたのだから、もはや言い逃れはできないだろう。しかし、当の本人は何も悪びれることもなく、あくまで自然体だ。むき出しの悪意の塊を纏うだけで、何か行動を起こそうという意思は感じられなかった。
「私の横に浮いてるこれ、あるでしょ?」
沸き上がる泉のように絶え間なく溢れ出る黒い靄。それが彼女の顔の横、指を指したところにゆっくり集まり髑髏を形作る。
「私もこれが何か知りたくて、強い人探してたんだよね」
「……」
彼女の言い分はこうだ。
私は能力者ではない。感知能力者を襲ったのは纏っている黒い靄だが、私の意思ではない。この能力が何なのか知りたいから、強い人を探していた。
話は分からなくもないが、この状況ではただの言い逃れにしか聞こえない。
実際彼女が『怨念髑髏』の能力者で、出鱈目を言っていることも十分考えられる。事実被害は出ているわけで、簡単にはいそうですかと、彼女の発言を鵜呑みにするわけにもいかない。
「それならそれで、何故能研を訪ねなかった? 能力登録もまだだろう?」
「だってこれ人襲っちゃうでしょ? 流石に出向いた先でやらかしたら、言い逃れできないし。まずは、ちゃんと話したかったんだよね」
あくまで自分の能力ではないと主張する彼女。
一応能力者でなくても能力を行使することができるのは、恭介達も知るところだ。付与系の能力がそれに当たるが、未だ恭介達にのみ強烈なプレッシャーを放っている『怨念髑髏』。あれほどの能力がただの付与系能力に収まるだろうか。
彼女の言い分を信じれば、いつどこで付けられたかも分からないらしい。
それは彼女に危害を加える訳でもなく、逆に守っているようにさえ見える。そう仮定するのであれば、近しい親交関係を当たってみるのもいいかもしれない。
「なにはともあれ、敵対する意思がないのであれば、それは降ろしてくれ」
「はいはい。ただ気づかないだけで、別に消えてはないんだけどね」
黒い靄がすーっと消え、肩が軽くなったように感じる。
修が襲われた時にはどうなるかと思ったが、話に応じる気はありそうだ。ここでは立ち話になるし、周りの通行人を巻き込まないためにも場所は移した方がいいだろう。
恭介達が武器を収め、話し合いに応じる動きを見せる。
すると少し遠巻きに見ていた群衆も、自分達の用事を思い出したかのようにゆっくりと散開していった。ここは特区、能力者を集めた能力都市であり、能力者が街中で何か起こすということは、さほど珍しいことでもないのである。
「せいちゃん! 大丈夫!?」
「ん?」「あれ?」
人混みが流れていく中で、一人の女性がこちらに近寄ってきた。
声を掛けられ、恭介と彼女が反応する。唐突に現れた女性を交えて、恭介達は『怨念髑髏』の真相に迫るべく、行動を再開するのであった。




