65羽:逃亡者は逃げられない
「そろそろエリアに入る。警戒を怠らないように」
「了解」「了解……」
恭介からの声に真代と修が答える。耳にはそれぞれインカムを付けており、ある程度の間隔を保って行動に当たっている。
舞台は町中。人通りの多いエリアであり、まだ明るい時間帯だ。
この中から顔も知らない『怨念髑髏』を探し当てるのは至難の業だ。目的なども不明ではあるが、能力の性質上、能研に敵対する組織などに先に接触されれば非常に脅威となり得る。多少のリスクを負ってでも早めに抑えておきたい案件ではあった。
すでに敵対組織のメンバー、ということは現時点で考えてはいない。
犯行に一貫性がないし、被害を受けた能研所員もその場限りの出来事で収まっている。不用意に手の内を晒すだけのリスクは負わないだろう、というのが作戦会議の中での結論だった。つまり、小栗と同じく単独犯、それも比較的最近能力に芽生えたばかりの能力者。
それが今回の『怨念髑髏』の予想像だった。
そして感知能力に反応するカウンター能力、それを見つけるにはこちらもその餌を差し出さなければならない。今回町中ということもあり、3人とも私服で警戒に当たっているが、修は明らかに緊張しており、すでに汗をだらだらとかいている状態だった。
何せいつどの方向から襲われるか分からない中での歩みだ。被害にあった所員は回復傾向にあるとはいえ、進んで囮を務めたいものがいるはずもない。
「反応はあるか?」
「まだないですね……もう少し西の方向に行ってみます」
「頼む。反応があったらすぐ伝えてくれ」
「……了解です」
神経をすり減らしながら、それでも前進する修。
大した戦闘能力を持たない修が生き残ってきた要因。それは逃げ重視の能力構成に加えて、彼自身、危機管理能力に長けていたからだ。第六感とでも言えばいいのか、不吉な予感がすることには首を突っ込まず、己の機転、あるいは能力でそれを遠ざけて見せた。
しかし、今は敢えて危険な橋を渡っている実感がある。
代わりの利かない任務が彼の退路を断ってしまったのだ。比較的すぐ近くには恭介や真代が控えているとはいえ、真っ先に襲われるのは修。いよいよ焼きが回ったかな、と一人ぽつりと呟く。
ここは能力者を集めた特区の中なので、街を普通に歩いている人々も当然能力者が多い。
その中で特定の能力者を見つけるのは苦労しそうだが、『薔薇屋敷』でも使った彼の探知技能”臆病な視線”には絞り込み機能がある。能力者と非能力者との判別の他に、「最近能研の感知能力者を襲った能力者」といった条件付けができるのだ。
今回は何分レアなケースなため、ほぼ特定しうる条件が揃っていた。
人波を掻い潜り、いるのかいないのか分からない亡霊をひたすら探る。そうと分かった瞬間に襲われるかもしれないので、気を緩めるわけにはいかない。慎重に歩を進め、首をゆっくり動かし、一人一人視界に収めていく。もちろん今回のターゲットである『怨念髑髏』が今このエリアにいない可能性も十分ある。
さすがに相手も能研の能力者を攻撃したという自覚はあるだろう。
いるならいるで早く出てきてくれ、いないなら一生出てこないでくれ。焦らされがりがりと削られる心の余裕を惜しむように、言っても仕方ない愚痴が脳内でぐるぐる渦巻く。このままではもたない、今日はあそこまで見たら終わりにしてもらおう。そう修が自分の中に答えを用意した瞬間、それは視界に入ってきた。
壁にもたれ掛かり、何か飲みながらスマホを弄っている。若い女の子だ。
Tシャツにショートパンツ、持ち物は小ぶりなリュックとラフな格好をしている。すらりとして大人っぽく見えるが、大学生だろうか。髪は金髪ショートカット、耳にかかる髪にはメッシュが入っており、顔には黒いマスクを着用している。一見して目に留まるほどの不自然な点はない。
「なんなんだ、なんなんだよあれは……」
「修? どうした修? 見つけたのか!?」
「あんなの……存在しちゃいけない……っ!!?」
今日は日差しが照っており暖かい気候だ。
にも関わらず修は寒気を感じ、奥歯をがたがたと震わせている。目の焦点が定まらず、恭介からの呼びかけも頭に入ってこない。
彼女の周りには彼女を包むように黒い靄がかかっており、その中には怨念を叫ぶような骸骨の顔が幾度も浮かび上がっては消えていた。人の悪意や敵意が煮詰まってできたような、おぞましい空間。他の通行人は平気で彼女の前を通り過ぎ、見えていないのか、その靄を普通に通り抜けている。
「ちょっと気になって、どんな顔か見てみようかと思ったんだけど……」
修と彼女の間にはまだ距離がある。しかし、ただぽつりと呟いただけの彼女の言葉は、はっきりと修の耳にも届いた。
「ごめんね、期待外れだったみたい」
そしてそう聞こえたと認識した瞬間、修は反射的に技能を発動していた。
「"攻撃誘導”!!」
「お?」
彼女の呟きと同時に、獲物に襲い掛かった黒い靄。それはまさしく『怨念髑髏』という呼び名に相応しい異形だった。捕まれば終わる、そんな危機感から修の体は勝手に動いていた。
技能”攻撃誘導”、文字通り攻撃を誘導する能力である。
人々をすり抜け一直線に修に迫った黒い靄が、その直前で上空に打ち上げられる。攻撃をそらす付与系の能力として重宝されるが、修が使えば、しっかりと誘導先を引くことができる。
今回は修のみに絞った攻撃だったのか、周りの人への害はなかったが、上空に飛ばしておけば誰かが被害を被る可能性もなくせる。そして、それは仲間の素早い合流をも助けるものだった。
初手を防いだ修の元に、二人の足音が近づいてきた。
「修、ターゲットがいたのか?」
「私達には何も見えなかったけど」
「対象者にしか見えない……? けど、確かに見ました」
上空に打ち上げられた黒い靄は花火のようにその黒い導線を一直線に引いていたが、やがて空中で霧散した。まさか攻撃を弾かれるとは思っていなかったのか、『怨念髑髏』を放った彼女は、驚いた表情を隠さずただ修達を見返していた。
「彼女が『怨念髑髏』です」




